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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第二十話  謎の訪問者①

食堂の窓際に飾られている「枯れない薔薇」。

いつかエカテリーナが手折ってくれた一輪の赤い薔薇は、毎朝水を換えるだけでこの数年季節を問わず咲き続けていた。


料理を作る時、いつもこの薔薇が視界に入る。


「贅沢だなぁ……」


私は薔薇を見て呟いた。

子どもたちも大きくなり、一緒に眠らなくなってから、私もラファエルさんもそれぞれの部屋で眠るようになった。


(最初は寂しくて眠れなかったっけ)


そのせいか、こうしてみんなが起きてくる前の僅かな時間に、二人でお茶を飲むことも多くなった気がする。



湯気の上がるマグカップを包むように持つ。

そして一口飲んだその時、ぴくりと顔を上げたラファエルさんが薔薇を見つめて言った。



「魔力が、動いた」



……ラファエルさんは少し説明が少なすぎる時がある。

一言だけ喋ったと思えば、何事もなかったかのようにお茶を飲んでいる。


(もうちょっとくらい、喋ってくれてもいいのになぁ)


私のそんな視線に気づいたのか、ラファエルさんは口角をあげ「昼前には客がくる」と言った。



薔薇と、魔力。



ようやく何が言いたかったのかを理解した私は、食材を多めに準備することにした。


数年ぶりに会う、彼女のために。



+ + + 



ラファエルさんは昼前と言っていたのに、子どもたちが朝食を食べ終わるころにその人は現れた。


お城で見た姿とは違う、落ち着いた旅人のような装束。

それでも腰には武器ではなく扇子が挿してあるのが彼女らしかった。


「お邪魔するわね」


突然食堂に転移魔法で飛んでくるのは、お客としてどうなんだろうって思ったけど、座標を薔薇にしていたらしい。

台所の流しの中に飛び込まれてたら、さすがに悲鳴を上げる自信がある。


それでも、ミルクを飲んでいたローレンツは驚きのあまり激しく(むせ)ていた。


「……次は入り口からこい」


ラファエルさんは微動だにせず、突然の来訪者を受け入れていた。

ラファエルさんの隣に座っていたネレイナだけは、身体をびくりと震わせていた。


「……ラファエルさん、この人……敵?」


ネレイナの言葉に、ラファエルさんは困ったような表情で、わずかに微笑みながら「一応義姉(あね)だ」と答えた。


それでも、ネレイナはエカテリーナさんから目を逸らさず、耳を伏せたまま警戒する姿勢を崩さなかった。


「一応って何よ。同じ(いえ)で育ったんだから……問題は多かったけど、家族と言えば家族よね」


私は改めてラファエルさんとエカテリーナさんを見る。

シグルドさんもそうだけど、この三兄弟は本当に似ている。

整った容姿といい、同じ血が間違いなく流れていることを感じる。


ラファエルさんはネレイナの背中にそっと手を添えた。

「警戒する気持ちは理解する。しかし、今の姉は……少しはマシになったと訊く」


私はラファエルさんのフォローの下手さに、本気で頭を抱えそうになった。


(思ってることを全部言葉にできたらいいのに)


私もネレイナに近寄り、平らになったお耳を撫でた。

「エカテリーナさんはね、この町の人を最初に助けてくれた人だよ」


それでも、幼いころに街を壊されたネレイナの気持ちもあるから、それ以上の説明はしなかった。



ゴホゴホと咽ていたローレンツの目は、珍しくエカテリーナさんに釘付けだった。

その視線に気づいたのか、エカテリーナさんは、ふっ、と口角を上げた。


「お前……見覚えがあるわ。あの時に見た白狼の子ね」

細められた目が、今までよりずっと優しい。


隣国同士の戦争で、戦災孤児の一人だったローレンツをこの教会で迎え入れることが出来たのは、彼女の采配だった。

戦勝国も、敗戦国も、そのどちらもが戦災孤児を引き受けることに難色を示していた。そこに割って入ったのが圧倒的な強さを誇る国を治める、女王としてのエカテリーナさんだったから。


「やっぱり、ここへ来るように助けてくれたお姉さんだ!」

ローレンツは嬉しそうに真っ白な尻尾を力いっぱい振り続けている。


そんなローレンツを、エカテリーナさんの白い手がそっと撫でた。

「お前はちゃんと笑顔で生きているのね」

と言った声は、淡々としたものに聞こえたけれど、ラファエルさんが穏やかな眼差しでそのやりとりを見ていたから、きっと彼女の優しさなんだと思って嬉しかった。



ぱらりと彼女は口の前に扇子を広げる。

そして、ネレイナを真っすぐに見つめた。


「……謝罪はしないわ。あの時は、あれが最善の策だった」

立ったまま、エカテリーナさんは言葉を続けた。


「その代わり、私が上に立つ以上、貴女のような子供が一人も居ない国にしてみせるから」


ネレイナを見つめるその目は、一度も逸らされなかった。



そのせいか、誰も口を挟めない雰囲気だった。

なんだか食堂に変な緊張感を感じる。

わたしはそんな空気を変えたくて、エカテリーナさんに提案した。


「せっかくなら、時間の許す限りみんなとお手伝いをしていってください」


その言葉に真っ先に反応したのは、どこか迷惑そうな表情のラファエルさんだった。


「茜、言いたくはないが……多分姉はこういう状況では全く役に立ちそうにない」


たとえその言葉が信実だったとしても、本人の前で言いきれてしまうラファエルさんの精神は凄いと思う。多分鋼を通り越えてダイアモンドくらい硬度がありそうな気がする。


目の前でそんな言葉を言われたにもかかわらず、エカテリーナさんは扇子を顔の前でぱたぱたと扇ぎながら「あなたも言うようになったわね」と可笑しそうに目を細めていた。


(この姉弟は、ちょっと変)


私はみんなを畑仕事へと送り出した。

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