第十九話 特訓
「はぁぁぁあ……」
盛大なため息を吐きながら、ネレイナがパンをモソモソと食べている。
本人はいつも通りのつもりだろうけど、こんなにも美味しくなさそうに食べているのは初めてだ。
原因は、多分昨日のフレイアとの戦いにあるんだと思う。
私と男の子たちが知らない間に、女の子同士の戦いがあったこと。
それを夜にこっそりラファエルさんが教えてくれた。
「ネレイナは子どもの群れのリーダーだからな」
そうラファエルさんは言っていた。
だからこそ、敗北した事実を引きずっているのだろう。
小さく千切っては、ため息を吐きながら口に放り込む。
もそもそと咀嚼して、飲み込みづらそうにごくりと音を立てる。
その繰り返しを、みんなは顔を合わせながら静かに受け流した。
「ネレイナ、僕の果物食べる?」
アシュレイがネレイナの前にリンゴを差し出した。
「……ありがと」
ネレイナはフォークでぐさりとリンゴを突き刺すと、パンと同じようにしょりしょりと無表情で食べる。
「これは……一大事だね」
アシュレイは私に向けて、小声で言った。
私ができるアドバイスなんてないから、とりあえずネレイナの空いたお皿に、そっと厚めのベーコンを追加しておいた。
(お肉は元気の元だもんね)
せめて身体の栄養だけは、ちゃんと支えてあげたいと思った。
+ + +
食後の畑仕事は、みんなの日課だった。
収穫はもちろん、水やりに草取り、壊れそうな柵の修理だってやる。
ネレイナは、畑の隅にある程よい日陰がお気に入りだ。
その場所が一番ミミズが多いからだ。
ネレイナはため息を吐きながら軽く土を掘り、見つけたそれを引っこ抜いては、近くの柔らかい土へぽいと投げる。
そんな動作をぼんやりと繰り返すせいで、ミミズが苦手なピノとノワール、そしてアシュレイも、ネレイナを遠巻きに見ていた。
ローレンツとトトが顔色を伺おうと近寄ったら、下唇を突き出し、不機嫌そうなネレイナにミミズを投げられたから構うのをやめている。
それでもみな、ネレイナを気にして様子をちらちらと見ているせいで、全く作業は捗らなかった。
ラファエルは小さく息を吐き、柵の修理の手を止めた。
「……ネレイナ、来い」
ラファエルはネレイナを連れて、昨日フレイアと戦っていた場所まで来た。
ネレイナはその行動が理解できずに首を傾げている。
ラファエルは手近な棒を拾うと、昨日のネレイナのように、地面に大きな円を描いた。
「え……これ」
戸惑う様子のネレイナに、ラファエルは口角を上げ、手招きをする。
「始めるか」
その言葉が、合図になった。
ネレイナは普段穏やかなラファエルが一瞬だけ見せた威圧感を感じ、即座に狼へと変化する。
そして、一度じりじりと後へ下がり、ラファエルに向けて突進した。
(気づいていないのか)
ラファエルはその攻撃を僅かに身を翻し交わす。
ネレイナの目線はラファエルを捉えているからこそ、動きを読みやすかった。
離れてから突進を繰り返すネレイナは、またしてもはぁはぁと肩で息をし始めた。
「ネレイナ、動きが大きい」
「大きい?」
「単調な攻撃は相手にも見破られやすい」
「……」
ネレイナはその言葉を受け、ラファエルと距離を取った。
「ラファエルさん大人だもん! ずるい!」
ネレイナの尻尾は下がったまま大きく振れている。
鼻先にぎゅっと皺を寄せ、牙を向けたまま唸った。
「私は、狼なんだ! 鼻も耳も、爪も、牙だって、今のラファエルさんより強い!!」
感情に任せた突進は、先程のどの攻撃より簡単にいなされた。
余程悔しかったのか、ネレイナはグルグルと低く唸り続けている。
(人に教えた事などないのだが……)
こういうものは、自分の経験で学ぶもの。
そう考えたラファエルは、何度でもネレイナを促し続けた。
「もう一度、来い」
ネレイナの足は限界が近いのか、微かに震えている。
息も苦しさを隠せず、舌をだらりと下げて大きな呼吸を繰り返している。
ネレイナは、何度目かの突進をしてきた。
真っ直ぐに、速さだけでくる。
そう思ったが、ネレイナは直線で素早く右にフェイントをかけた。
その動きに、ラファエルは思わず口角を上げた。
結果は、横から飛びかかってきたネレイナの口を、片手で軽く掴んで力を受け流し、そっと地面に戻しただけだった。
「全然当たらないー」
ネレイナは人型に戻ると、限界とばかりに地面に寝転んだ。
それでも、泥だらけの顔は朝よりもずっと晴れやかだった。
「勝てなかったけど、なんかちょっとわかった!」
自信満々に見上げてくるネレイナに、ラファエルは目尻を緩めた。
「……まだまだ、これからだ」
ネレイナは腕をラファエルに向けて突き出し、拳を作る。
ラファエルはネレイナの意図を読んで、その拳に自分の拳を軽くぶつけた。
「……もう一回やる」
「何度でもこい」
そして、久しぶりに二人の時間を過ごした。
そして、泥だらけの顔や服を見た茜に、仲良く説教されることになるのは、少し先の未来だった。




