第十八話 見送りの朝
今日は朝から女の子たちが分かりやすくそわそわしていた。
子どもって大人に隠れて何かを計画するとき、普段通りの生活じゃなくなるからこちらとしても分かりやすい。
わたしはそっとラファエルさんの顔をみた。
ラファエルさんも気づいている様で、私の視線を頷きで返してくれた。
「茜っ、パンおかわりっ!」
「茜さん、私もいいですか!」
なぜかネレイナとフレイヤちゃんがすごい勢いで食事をしている。
食べる速度も量までも競い合っているみたい。
ピノとノワールもどこか一生懸命だ。
「……すっげぇ」
ローレンツは食べかけのパンを片手に、がつがつと勢いよく食べ続ける二人を眺めている。
「食事はありがたくいただくものなのに」
アシュレイが呆れたようにため息を吐く。
「妹がすみません」
クラウスさんは私に向けて、申し訳なさそうな貌で小さく頭を下げてくれた。
「お客様が久しぶりで、いっぱい用意したから! たくさん食べてね」
私は焼けたパンをテーブルの中央へと置いた。
買ったばかりの蜂蜜とバターを混ぜて作った蜂蜜バターは子供たちが取り合うように食べてくれた。
「ごちそうさまっ」
「ご馳走様でした」
ほぼ同時の挨拶に、思わず頬が緩む。
そして二人は駆け出すように教会の外へと走っていった。
ピノはパンを咥えたまま、ノワールは頬をパンパンに膨らませたまま、その後を追うように駆け出した。
「……はっや……」
ローレンツの小さな呟きに、残されたみんなが笑う。
一呼吸したあと、ラファエルさんとステフさんは互いに顔を合わせ、教会の外へと出かけて行った。
(私にできることは……ないかな!)
なんとなく予想がつくから、今回は残った男の子たちと一緒に食事を楽しむことにした。
ラファエルさんが居てくれるなら大変なことにはならないはずだから。
私はまだ湯気の立つふかふかのパンを半分にちぎって、たっぷりの蜂蜜バターをのせた。
熱で溶けていくバターをしばらく眺めてから口に入れる。
じゅわっとした濃厚な甘さが広がった。
「美味しいっ! クラウスくん、これ本当に美味しいね」
その言葉に、クラウスくんは嬉しそうに笑った。
その顔は、まだ大人になる前の幼さが見えて、失礼かもしれないけど可愛かった。
いつかアシュレイやローレンツ、トトもこんな感じになるのかな。
私は二口目を味わいながら、そっと目を細めた。
+ + +
教会裏手に女の子たちが集まった。
果樹園の隣にある、畑を広げるために整地されたまだ手付かずの広場。
その場所に、ネレイナは拾った棒で大きな円を描いた。
「これでよし! 昨日も言った通り、爪と牙はなしで、大きな怪我もだめ! この円の中で戦うからね」
ネレイナの説明に、フレイアも頷く。
「負けても泣くなよ?」
フレイアの挑発的な言葉に、ネレイナは力いっぱい頷いた。
「ピノ、ノワール、合図はお願い」
円の中央で二人は見つめあった。
風が木や草を通り抜ける音が、とても大きく感じられた。
合図役の二人はじゃんけんをしている。
そして。
「はじめー」
少し呑気な声は、ノワールだった。
二人同時に溶けるように姿を変化させる。
先に動いたのは、小柄な狼のネレイナだった。
鋭く踏み込んで、本気で体当たりをする。
熊に姿を変えたフレイアは、その全力の攻撃にも揺るがなかった。
圧倒的な体格差。
「軽いね、これだから群れでしか戦えないんだよ」
フレイアの言葉に、ネレイナは被せるように応える。
「群れで狩りをするときは、仲間を信じてるから! みんなで力を合わせるから自分よりも強い敵と戦えるんだ!」
ネレイナは何度も距離を取り、素早く体当たりを繰り返す。
フレイアはそのたび小さく身をかわし、手で払いのけた。
時間が過ぎるほど、二人の息はあがっていく。
ネレイナは勝負にでた。
今までより長めの距離をとる。
そして、全力で突進した。
勢いと体重、その全てを一撃に込めた。
フレイアは、その一撃を両手で受け止め、ネレイナの身体を投げ飛ばした。
勝負の差は、体力を削りすぎたネレイナの敗北だった。
狼の身体は宙を舞い、円の外へと投げ出された。
整地されているとはいえ、地面に投げ飛ばされたネレイナは擦り傷だらけだった。
ピノとノワールはネレイナに駆け寄り、人型に戻っていたネレイナを起こした。
ネレイナは血が滲む手足をペロッと舐めた。
(痛い…けど、楽しい)
「……また、来るよね?」
フレイアを真っすぐに見つめる。
「次も勝つから」
フレイアは口角をあげた。
「いつか、勝つからね!」
負けたままでは悔しいから。
ネレイナはくるりと背を向け、教会に戻りながら歯を食いしばる。
泣きそうな貌なんて、誰にも見られたくないから。
ネレイナは深呼吸を何度も繰り返した。
涙が引っ込むように。鼻の赤みが戻るように。
+ + +
子どもたちの戦いを、果樹の陰で身をひそめて見守った。
大人の男二人が小さく身を屈める。
互いに気配を消すのには慣れていた。
何度も攻撃をかわされるネレイナ。
息が上がって限界も見えていた。
ステフが止めようと身体を起こしかけたその時、ラファエルは手で制した。
「大丈夫だ」
よく見れば、フレイアも肩で息をしている。
身をかわし続けるのも体格差で大変なことが見て取れる。
そしてフレイアの手で、ネレイナが投げ飛ばされた。
見ている目の前で、ネレイナは地面に叩きつけられ、滑っていく。
「娘が、すみません」
ステフの慌てたような謝罪に、ラファエルは口角をあげた。
「いや、いい経験になったようだ。ありがたい」
そして子供たちが去ったあと、ゆっくりと身を起こす。
そして二人で先ほどの戦いの感想を語りながら、教会へと戻った。
+ + +
傷だらけのネレイナと、土で汚れたフレイアをみて、正直焦ったけど頑張って堪えた。
二人とも、笑顔だったから。
傷を治そうと手に触れたら、ネレイナに「これは自分で治すからいい」と断られた。
本人曰く「大切な傷」だとか。
少し誇らしげだったから、消毒をして布だけ当てた。
あっという間に見送りの時間だった。
本当は朝すぐに出立する予定だったらしい。
私は作っておいたお弁当を三人へ手渡した。
傷だらけで、笑顔だけどどこか悔しそうなネレイナに、クラウス君がそっと近寄った。
ぽんぽんと頭を撫でる。
優しいお兄さんの表情で。
「妹と本気でぶつかってくれて、ありがとう」
ネレイナは尻尾をぶんぶんと振って「楽しかったから」と笑う。
そんなクラウス君の行動に、フレイアちゃんはそっぽを向いた。
「……余計な事言わなくてもいい」
その耳が少し赤かった。
私もフレイアちゃんにお礼を言う。
きっと、ネレイナにとって初めての経験だから。
「フレイアちゃん、ネレイナのお友達なってくれてありがとう。いつでも待ってるからね」
「……フレイア、でいい」
わざと不機嫌そうな顔をするフレイアちゃんが可愛かった。
「ありがとう、フレイア」
私の言葉に、フレイアは頷いた。
ネレイナはフレイアの前に行き、傷だらけの顔で見上げた。
「負けたまま終わりじゃないからね。……旅、無事に戻ってきてね」
三人は小さく頭をさげて、また行商の旅へと戻っていった。
子どもたちは、その背中が見えなくなるまで手を振り続けていた。




