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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第十七話  好敵手

この教会はかつて神様に祈る場所だった頃の名残で、名目上は教会と名乗っている。

しかし、教会には神を模した像もなければ、神父もいない。

じつのところ、教会の形をした孤児院だ。


それでも建物自体は広いから、遠くから町へと足を運んでくれた人のために、こうして宿泊場所を提供できる。


町はまだまだ発展途中で、宿泊施設がないのも理由だ。


ここであれば、誰もが安全に泊まってもらえる。

万が一、不埒な考えを持つ相手だとしたら、きっとラファエルさんや勘のいい子どもたちが追い返してくれるから。



「わざわざ食事にお風呂まで、本当にありがとうございます」

一足早くお風呂から上がってきた熊獣人のお父さんであるステフさんが言う。


子どもたちはまだまだお風呂を楽しんでいる様で、お客様に対しても遠慮のない水音を響かせている。

ステフさんが男の子たちと一緒に入っていた時は、こんなに激しい水音ではなかったんだけど、大人が居なくなったことで全力で遊び始めたらしい。


私は湯上りのステフさんに、冷たいお水に蜂蜜とレモンを入れた飲み物を手渡した。


「さっぱりして美味しいです」

そう言って美味しそうに喉を鳴らす。


私とラファエルさんの目の前にも、同じ飲み物を置いた。


「ステフさんたちはいつから行商をされているんですか?」

私の問いに、ステフさんは僅かに目を伏せた。


「……妻が、亡くなってからです。獣人狩りに遭いまして」


その言葉に、ラファエルさんは顔を上げた。

「隣国の争いか……」


獣人が多いとされるローレンツの古郷。

ローレンツの家族もまた、獣人狩りの被害者だった。


「なんのために狩りを……」


「毛皮ですよ。あれは、武器になる。我々の種族の毛皮は簡単な剣や弓など防げますから」


ローレンツにも訊けなかった問い。

その答えがこんな残酷なものだったなんて。


「ローレンツも……?」

「……白狼は、貴重だからな」


ラファエルさんの言葉に、私は俯いた。

膝の上で握りしめた自分の手が、あまりにも頼りなく感じる。



しん、と場に沈黙が落ちかけた。



「ちょ! やめろよ、熊になるのはずるいだろ!」

「お兄ちゃん大きいー」

明るく響いたのは、ローレンツとトトの声。



ざぱーーんっ!


「ぎゃーーーー!!」


お風呂場からきこえる豪快な叫び声は、ローレンツのものだ。


(こんな風に、笑って生活させてあげたい)


私たちの視線は、賑やかなお風呂場に向けられていた。



+ + +



お風呂から出たネレイナは、フレイアや双子とともに寝室へと階段を上がっていった。

普段はこんなに素直に寝室へは向かわない。

なるべくなら遅くまで起きて遊んでいたいからだった。


「ここが寝室ね! 今日は私たちと一緒に寝ようっ」

扉の前で戸惑う様子のフレイアをそのままに、ネレイナは四組の寝具を素早く用意した。


「私ここ!」

「あたしはこっちー」


ピノとノワールは隣り合って眠る場所を決めた。

ネレイナはピノの反対側の寝具に潜り込む。


「フレイア、はやくおいでよ」

ネレイナは自分の隣をぽんぽんと叩いた。


「……」

フレイアは戸惑った表情のまま、そろりと布団に腰を下ろした。


「……こんなふうに寝るの初めてだ」

フレイアがぽつりとつぶやく。

ネレイナはこてりと首を傾げる。


「一緒に寝たほうが安心するし、安全だよ」


早々に肩まで毛布をかぶっていたピノとノワールもその言葉に頷いた。

フレイアはもそもそと毛布を被る。

その動作をネレイナはじっと見つめた。


「……なに?」

フレイアは寝たままネレイナを見つめる。


「……明日、ちょっとだけ戦ってみない? 爪と牙はなしで」


同じ年齢の女の子に感じた強者感。それをそのままにしたら後悔しそうな気がした。


(怪我したいわけじゃないけど、負けたくない)


「へぇ、尻尾を巻くんじゃないよ?」

フレイアは口角をあげ、目を細める。


「大丈夫、逃がさないから」

ネレイナも目を逸らさなかった。


「いいよ、やろう」


お互いに布団からそっと拳を突き出し、こつんとぶつけた。


「ーーもう寝るよ!」

ネレイナは目を逸らし毛布を頭までかぶった。

ちょこんとはみ出た茶色の耳からは、少しだけ湯気が出ている。


「負けないから」

その言葉を最後に、部屋には寝息が広がる。


そして、明日のために大人しく眠りにつく女子と異なり、隣の部屋からは、男子たちの賑やかな声が遅くまで響いていた。



+ + +



男子部屋では、アシュレイとローレンツが布団を敷いていく。

トトは敷かれたばかりの布団に飛び乗って楽しそうにはしゃいでいる。


初めて自分たちより年上の「子ども」がいるせいか、みんな普段より興奮気味だった。

16歳の熊獣人クラウス。

彼に対してみんな最初は緊張したが、お風呂場でみせた熊の姿と、その力強く水を薙ぎ払う姿に心を掴まれてしまった。


ローレンツはそんなクラウスを真ん中の布団へと案内した。


「クラウスさん、すげえな! 俺も蜂蜜や魚を採りたいよ」

ローレンツはさっきクラウスが実演したように、片腕で大きく空を切る。

トトも真似してぶんぶんと手を振る。


「行商はどんな場所まで行くんですか?」

アシュレイの問いに、クラウスは目を閉じる。


「この国を中心に、周辺国はだいたい巡ったかな。戦争があって、行けなくなった国もいくつかあるけれど」


(戦争……)


ローレンツはこくりと唾を飲み込んで、思い切って質問した。


「俺の故郷、隣国のガンディアなんだけど……今はどんな感じかわかるか?」

途端にクラウスの表情が曇る。


「君も僕と同じ国だったんだね、それは……生きづらかっただろう」


熊獣人すらも生きづらい国。

その国を制したこの国で、ローレンツは生きている。


「まぁ、群れでも生き残れなかったから。もっとはやくここで暮らしたかったよ」

(家族と一緒に)

その言葉は笑顔で飲み込んだ。


「今のローレンツは大家族だからね。なんなら、これから増えていく可能性だってある」

アシュレイはローレンツを見つめて微笑んだ。


ここが孤児院である限り、きっと自分の兄弟姉妹は増えていく。

その言葉に、ローレンツは「そうだな」と牙を見せて笑う。


「クラウス、お前たちもいつか落ち着きたくなったら、この町で暮らすといい」


クラウスはその提案に一瞬目を丸くした。

そして、穏やかに目じりを下げると「それもいいかもしれないね」と笑った。


「戦うよりも、大切な人のために生きることの方が大事だからね」


クラウスは場の空気を変えるように旅の思い出を語り始めた。

旅の話はどれも興味深く、部屋から声が聞こえなくなったのは空が白み始めてからだった。

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