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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第十六話  狼vs熊

「茜っ、そいつ強い!! 逃げて!」



玄関で親子の行商人と話していたら、ネレイナが突然溶けるように姿を変えた。


まだ成獣ではないけれど、それでも立派な狼の姿だった。


私を三人の行商人さんから庇うように真ん中に立ち、毛を逆立てながら低い唸り声をあげる。



獣人が大人になるにつれ、獣の姿にもなれることは知っていたけど、実際に目の前でみたら感動的な光景だった。


私はそんなネレイナの首周りに抱きついた。


「ネレイナ! すごいっ、立派だね! 可愛いよ!」


興奮気味の私に、ネレイナはわずかに首を傾げる。


「……茜? 怖い人たちに囲まれてたんじゃないの?」

狼に変わったネレイナの口からは、ちゃんと普通に言葉がでる。


「怖い? 全然だよ。蜂蜜の行商をしてるんだって! お菓子にも紅茶にも使えるから、味や種類の説明を書いてたところなの」



私がこの世界だと小柄なせいか、目の前の三人は確かに大きく見える。

父親だと言っていた男性はラファエルさんより大きく、2mくらいありそう。

長男だと挨拶をしてくれた男の子も、180cmはありそうだ。

唯一深めにフードを被った女の子でも、私より大きくて160cmもあるそうだ。



女の子がフードを取りながら、ネレイナを見下ろした。

その頭にはフワフワした茶色くて丸い耳が付いていた。

他の二人の耳は私と同じ形だったから、獣人さんだとは気が付かなかった。



しかし、この耳は……まるでぬいぐるみのよう。

私が子どもの頃大切にしていた熊のぬいぐるみ。



「あんた、相手の強さも分からず威嚇するなんて、身の程知らずだね」


狼のネレイナに向けて、女の子はニヤリと口角をあげる。


「人のテリトリーに勝手に入って大きな顔をする……身の程知らずはどっちだ!」


落ち着きかけたネレイナは再び大きく吠えた。


「フレイア、だめだ」

フレイアと呼ばれる熊耳の女の子をお兄さんが止めた。


その手をすり抜けるように、女の子もまた一瞬溶けるようにして姿を熊へと変化させた。


圧倒的な大きさの差。

しっかりとした毛皮に、ネレイナの何倍も太い手足。

爪の太さも大きさも、全く違う。


種族の違いだからか、熊と狼ではあまりにネレイナが不利に感じる。


私と行商人のお父さんは互いに子どもを止めた。


お父さんは彼女よりもっと大きな熊に変化して、咆哮をあげる。

私はただ、身体全体でネレイナを守るように覆いかぶさっただけだった。


「茜、どいて! これじゃあ茜を守れないっ」


ネレイナは腕の中で大きく暴れる。

畑にいたはずのラファエルさんが、騒ぎを聞きつけ駆けてきた。

そして、私とネレイナをその身体で隠すように、行商人さんとの間に立った。



ラファエルさんの姿に安心したのか、ネレイナは狼から人型へと戻る。


前を見ると、二人も熊から人型に変化していた。

行商人さんは深々と頭を下げる。


「お客さん相手に申し訳ないことをした。甘やかして育てたつもりはなかったのですが……」


さっきのお父さんの気迫を見れば、きちんと躾られているようにも思える。

妹さんの隣に立つお兄さんも、私とネレイナに頭を下げた。


「妹が本当にすみません。自分が気に入りそうな相手には好戦的で」


「気に入ってなんかないよ!」


「手応えがありそうだって思ったんだろう?」


お兄さんは妹さんの頭を押さえ、しっかりと下げさせた。

フレイアと呼ばれた女の子は、不機嫌そうではあるけれど「……ゴメンナサイ」と謝ってくれた。



ラファエルさんはネレイナに視線を送り、じっと見つめている。

ネレイナはその視線の意味を即座に理解したようで、ぺこりと頭を下げた。


「行商人さんだったのに、勘違いして吠えてごめんなさい。茜一人なのに、とっても強い気配だったから……」


その言葉に、熊のお兄さんは笑った。


「勇敢なんだね、獣人の中でも僕らはわりと怖がられるのに」


お兄さんの言葉が嬉しかったのか、ネレイナは尻尾をぶんぶんと大きく振って笑う。


「勝てないのは最初からわかる。でも私はラファエルさんが居ない時に茜を守るリーダーだから! 逃げる気はないよ」


そう得意げに胸を張る。


そんなネレイナを見ていた妹さんは、私の目の前でぷいと横を向く。

横目でちらとネレイナを見て、「……弱いくせに」

と小さく呟く。



ネレイナが反応するより先に、熊のお兄さんは妹さんの頭に軽く手を置いた。


「フレイアはまだ子どもだ。相手の強さをちゃんと推し量れない。あのまま続けていたら、多分どちらもが軽くはない怪我を負うよ?」


ネレイナよりいくつか上に見える妹さんを、子どもと表現したことが気になった。


「お二人はとても大きいですね、何歳なんですか?」


「僕が16で、妹は13です」


妹さんは、ネレイナと同い年だった。

外見だけでみると、17歳から歳を取らない私と変わらない年齢に見える。


むしろ、年齢的に幼く見られがちな私よりも、スタイルもよく年上に見えた。



年齢を聞いた私とネレイナは、同時に顔を見合わせた。

そして、互いに苦笑いをする。



「ーー茜、私と同じくらいの身長だもんね」

「ネレイナと同じ年齢なんだね、妹さん……」



その言葉に、行商人のお父さんとお兄さんは笑った。

ラファエルさんは、慰めるように無言で頭を撫でた。


ネレイナはどこか悔しそうな顔で妹さんを見ていた。


私たちはとりあえず気を取り直し、蜂蜜を見せてもらうことにした。


花の種類によって、蜂蜜には様々な種類がある。

私たちは、小さな匙で少しずつ味見をさせてもらうことになった。



小さな匙に少しずつ蜂蜜を垂らす。

黄金色のとろりとした蜂蜜が、陽の光を浴びてキラキラと輝いている。


そっと舌に乗せると、なんとも言えない甘さと香りが広がった。


「美味しい!」

「茜、私この味好き」


養蜂の無いこの世界で、どうやって蜂蜜を取っているんだろう。

そんな疑問が顔に出ていたのか、行商人のお父さんは私に説明を付け加えた。


「我々の毛皮は蜂の針を通さないんです。なので、山に入って直接巣から取れるんです」


「小さいけど鋭いですもんね、蜂の針」


私のその言葉に、みんなの顔に疑問が浮かんでいる。


「一番小さい種類でも、30cmはありますが……」


自分の時代の蜂と全く違っていた。

そんな蜂から取れる蜂蜜なんだから、買ったら大切に使おう。

そう思った。

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