第十四話 思い出
廃墟だったこの場所が、皆の手で町になっていった。
この町の、一番最初の葬儀は、お婆ちゃんの葬儀だった。
みんな、手順なんてわからない。
こういう時、真っ先に教えてくれたのがお婆ちゃんだったから。
それでも、みんなで祈った。
お婆ちゃんが天国に行けますようにって。
この世界の死がどんなものかは、まだよくわからない。
それでも、死を悼む気持ちは同じだと思っている。
私は教会の裏手の土地をお墓にしたいと提案した。
町の人も、賑やかな方がお婆ちゃんも寂しくないだろうと受け入れてくれた。
一夜明け、私は早起きしてお墓のお花を交換する。
きっとこれが新しい日課になっていくんだろうと思った。
(寂しい気持ちは昨日と同じだけど)
私は目を閉じた。
お婆ちゃんは最後の一呼吸まで、苦しそうじゃなかった。
この力があって本当に良かったと思う。
ラファエルさんが、最期までこの能力を止めずにいてくれたから、私は後悔なく寄り添えた気がする。
もし「削れるから」とか「損耗だ」って止められていたら、こんな風に穏やかに、花を添えることもできなかったかもしれない。
私は、自分の手を見つめた。
だいぶ、上限が削れたのがわかる。
あと何回この力が使えるのか。
私の最期は、どう苦しむのか。
お婆ちゃんの苦しそうな呼吸をみて、いつかくる自分の最期を想像してしまった。
「長生き、したいなぁ」
「するだろ」
独り言に、想像していなかった突然の返事。
気付けばラファエルさんが背後に立っていた。
ラファエルさんは私の手を取り、指先から魔力を流し込む。
もう入らない感覚。
その感覚が伝わったのか、ラファエルさんは小さく息を吐いた。
「ーー魔力が満ちるまでの時間が、かなり短くなったな」
ラファエルさんは私の目を真っすぐに見つめる。
言わなくても、気付いている。
「ラファエルさんは凄いですね、全部わかっちゃうんですか?」
「直接感じたものは理解しているだけだ」
ラファエルさんは、私の頭をそっと胸に抱え込んだ。
「子どもたちはまだ起きない。泣いていい」
その言葉に、堪えていたものが溢れた。
明け方だから、声を出すとみんなが心配するかもしれない。
私はラファエルさんの胸で静かに泣いた。
両手で口を塞ぎ、身体を固くして涙を流す。
ラファエルさんは、私が泣き止むまで、何も言わず離れずにいてくれた。
言葉は少ないけれど、その優しさが有難かった。
どれくらい泣いていたのか。
ようやく涙が落ち着いたとき、ラファエルさんの服は私の涙の跡で片側だけ濡れていた。
その跡がなんだか申し訳なくて、服の袖でごしごしと拭いてみたけれど、乾く気配がなかった。
「着替えてくる」
ラファエルさんは、私に向かい小さく微笑んだ。
教会へ向かうその後ろ姿が見えなくなるまで、わたしは見続けた。
「私も、そのうちそっちに行くから。お土産話がいっぱいできるよう頑張るからね」
新しい墓標にむけて、そう言った。
きっと、お婆ちゃんなら、からから笑いながら「あんまり急ぐんじゃないよ」って言ってくれる気がする。
そう思った。
+ + +
教会に戻ると、ラファエルさんが火を起こしていてくれた。
鍋にはたっぷりのお水も入っている。
「おかえり」
そう言いながら、卵を焼いてくれている。
(ラファエルさんの料理とか、初めてかもしれない)
私はなぜだか嬉しくてそわそわする。
まるで恋人と同棲でもしているような気恥しさを覚えた。
(一緒に暮らしてるから、同棲には違いないんだろうけど)
私はラファエルさんの手元をのぞき込み、盛大に噴き出した。
フライパンのなかが、茶色い。
卵の焦げ色が、まるでお醤油でも入れすぎたみたいになっている。
「ラファエルさん、それ、私が食べますね」
「…………」
ラファエルさんは何とも言えない情けない表情をしていた。
その顔が、とても愛おしいと思った。
私は自分用の器に茶色い目玉焼きを入れる。
「新しいのを焼いちゃうので、子供たちを起こしてきてください」
私はフライパンを受け取り、人数分の目玉焼きを焼いた。
失敗した目玉焼きが視界に入るたび、不思議と幸せな気持ちになった。
二階からどたどたと走る音が聞こえてきた。
「茜、おはよー!」
いつも元気なネレイナの目元は赤い。
「……はよ」
ローレンツは珍しく歩いて階段を下りてきた。
双子とアシュレイは、いつもより静かだった。
みんなで席に着き、食事をとる。
トトが剥いた林檎をみて「お婆ちゃんいつ会える?」と聞いた。
棺で眠る姿が、まるで本当に眠っている様だったから、そう思うのも無理はないのかもしれない。
誰も、何も言えなかった。
ラファエルさんがトトに林檎を差し出し「みんな、いつか必ず会える。生ききったその先で待っているだろう」と言った。
生ききった、その先。
ネレイナは鼻を赤くしながら「お婆ちゃんと約束したんだから、ちゃんと結婚しないとね」と笑う。
「ネレイナより強い雄なんて、いるかなぁ」と茶化したせいで、ネレイナに林檎を奪い取られた。
アシュレイは泣きそうな顔の双子の間で、穏やかな声で言う。
「僕たちも、お婆ちゃんみたいに笑って生きようね」
私は、子どもたちと笑って生きられるだろうか。
それでも、なるべくならお婆ちゃんのように、思い出す貌が笑顔であってくれたらいいな、と思った。




