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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第十三話  いつかくる別れ

翌朝、私はなんとなくいつもより早い時間に目が覚めた。

いつもならまだみんな寝ている時間なのに、アシュレイも一緒に台所へとついてきた。


「アシュレイ、まだ早いから寝てていいよ?」


そう声をかけたけど、アシュレイは目を擦りながら「大丈夫」とほほ笑んだ。


私はいつものように火を入れ、お湯を沸かす。

今日は少し柔らかめの料理を多く作った。

お婆ちゃんに差し入れるために。


「茜、僕も何か手伝う」


アシュレイも野菜を細かく刻んで、食べやすいよう裏ごししたスープを作ってくれた。

くつくつ煮えるお鍋をふたりで見つめていると、ラファエルさんが起きてきた。

ラファエルさんも、いつもよりだいぶ早い目覚めだ。


「茜、アシュレイ、おはよう」


「ラファエルさんおはよう」


「おはよう。まだ料理の途中で」


私の言葉に、ラファエルさんは「気にするな」と片手を上げた。

今日差し入れを持っていくことは、夕べラファエルさんに話したから知っている。

昨日のお婆ちゃんの様子を、ラファエルさんも気づいていたから、快く協力してくれることになった。


「せっかくならみんなで行こう。具合が悪そうなら、数日だけでもこちらに泊まってもらえばいい」


隣まで来て優しい提案をしてくれる、その気持ちが本当に嬉しかった。

私はラファエルさんの肩にそっともたれる。

ラファエルさんは、そんな私の頭をぽんと撫でてくれた。


この五年間で、こうして自然に寄りかかれるようになった。

ラファエルさんも、触れてくれることが多くなった気がする。


(一人だったら、きっと無理だった)


お婆ちゃんの状態も、昨夜は眠れないくらい不安だった。

いつもは子供たちの方を向いて眠るラファエルさんが、いつまでも眠れていない私の方を向いてくれた。

毛布のうえから優しくとんとんと叩いて寝かしつけようとしてくれたり、不安な気持ちに気づいて「大丈夫か」と小声で訊いてくれたり。

そのおかげで、私も心を落ち着けることができた。


「ラファエルさん、みんなを起こしてきてもらえますか? お婆ちゃん家へ行くよって言えばみんな起きると思います」


私はアシュレイと早めの朝食を並べる。

お婆ちゃんに届ける料理も詰め終えて、向かう準備は整っていた。



テーブルに朝食が並べ終わるころ、二階からみんなの足音が聞こえた。

一斉に階段を駆け下りてくる。


「お婆ちゃん家いくの!? やったぁ」

ネレイナが急いで着替えたのか、髪の毛がぼさぼさだ。

「今日はトトもいける?」


「みんな一緒に行くよ」

そういうと、トトは嬉しそうに笑った。


「早くいこうぜ、なんかばーちゃん心配だし」

ローレンツが朝食よりもお婆ちゃんを優先している。


「早く行こうよ」

「ごはん食べたらすぐ行こう」


みんな、どこかそわそわしている。

私はなるべくいつものように笑顔で言った。


「さあ、急いで朝食を食べようね」


私の言葉に、みんな食卓についた。


どこか焦燥感に駆られて、朝食の味は感じなかった。

それでも子供たちは「美味しいね」と笑っていたから、きっと味は大丈夫だったのだと思う。

わたしはパンをちぎってはもそもそと口に運んだ。

ラファエルさんの手が、時折私の背中に触れた。

「落ち着け」とでも言うように。



+ + +



お婆ちゃん家に着いたのは、町のみんなが畑仕事を始めるよりも少し早い時間だった。

早すぎて迷惑かもしれないって思ったけど、いつもお婆ちゃんは早起きだからきっと起きてる。

そう信じて、私は扉をノックした。


こんこん。


こんこん。



二回目のノックは少し大きな音を立てたのに、中で動く人の気配がない。

私はラファエルさんと顔を見合わせた。


ラファエルさんがドアノブを握り、小さな声で何かを呟く。

かちゃりという音がして、ラファエルさんはノブを回して家へとはいった。


扉は持ち主しか開かないはずなのに、どんな魔法を使ったんだろう。


「お婆ちゃん、勝手に入ってごめんなさいーー」

私はお婆ちゃんの部屋をそっと開けた。


お婆ちゃんは昨日と同じようにベッドに横たわっていた。

ただ、口を開け、胸が大きく動いて苦しそうな呼吸を繰り返している。


私が驚いて立ち止まると、ラファエルさんはお婆ちゃんの傍に歩み寄り、ベッドの脇に片膝をついた。

ためらうことなく首筋や手首に触れ、声をかける。


「何かしてほしいことはあるか」


その言葉に、お婆ちゃんは薄く目を開け、そっと細めた。


「あんたは……相変わらずだねえ。そういう時はまず『大丈夫』の一言でも訊くもんだよ」


お婆ちゃんの声に、私も駆け寄る。

こどもたちもベッドを囲むようにしゃがみ込んだ。


「なんだい、朝から賑やかだねぇ」


苦しそうな呼吸のまま、嬉しそうに笑う。

私はお婆ちゃんの手に触れた。


そっと祈る。

淡い緑の光が、お婆ちゃんを包み込んだ。


「あぁ、あったかいねぇ。息もずいぶん楽だ」


さっきまでの苦しそうな表情が、少しだけ和らいだ。

私ができるのは、苦痛の緩和でしかない。

それでも、私は祈った。

ラファエルさんの手が、私に触れる。

当たり前のように魔力を循環してくれた。


(……削れるのに)

私の祈りを止めずにいてくれることが嬉しかった。


「……お婆ちゃん、朝食を作って届けにきたの」


私は微笑みながら話す。

みんなの顔をみて、一人ひとりに頷く。


最初に動いたのはアシュレイだった。

お婆ちゃんの手を握り、真っすぐに見つめる。

表情の変化は少ないけど、今日はしっかり微笑んでいた。


「お婆ちゃん、僕ね、茜のアップルパイも好きだけど、お婆ちゃんのが一番だよ」


私の目の前で堂々と告白する。

お婆ちゃんは「作りがいがあったねぇ」とアシュレイの頭を撫でた。


次に動いたのはピノとノワールだった。

二人はベッドの高さに顔を合わせ、お婆ちゃんの目線に寄り添う。

「お婆ちゃん、早く元気になってね」

「お婆ちゃん、また遊ぼう?」


その言葉にお婆ちゃんは小さくからからと笑う。

二人の頭を撫でながら「あんたらとの時間はいい時間だったよ」と愛おしそうに目じりを下げた。



少し震えて動けなかったローレンツとネレイナに向け、お婆ちゃんは手招きする。

おずおずと二人は頭もとへと近づいた。


「……お婆ちゃん」

ネレイナの貌が崩れる。

目から涙が溢れ始めた。


ローレンツの鼻と目元も真っ赤になっている。

そんな二人の手を、お婆ちゃんはしっかりと握った。


「あんたらは可愛い孫だよ、幸せにおなりよ」


ネレイナはお婆ちゃんに抱き着くようにして号泣した。

一人が泣き出したら、みんなの涙も溢れてくる。


お婆ちゃんは「あらあら」と幸せそうに笑った。

そして、お婆ちゃんは私やトト、そしてラファエルさんもしっかり撫でてくれた。


「それじゃあ、またね」

その言葉が、お婆ちゃんの最期の言葉だった。

私は、ラファエルさんが「もういい」と止めるまで、ずっと祈り続けていた。


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