第十一話 初めての収穫、初めての……
今日は朝から子どもたちが騒いでいる。
林檎の木を植えてからもう五年。
アシュレイは13歳になり、だいぶ落ちついた気がするのに、ネレイナは相変わらずだ。
でもこの日ばかりは仕方ないのかもしれない。
みんなで見守ってきた林檎の実が、ようやく収穫できるほどに色づいたから。
「茜ー! 誰がもぐ!?」
「俺一番がいいっ」
「あたしも登ってもぐーー」
「……私は手が届くところでいいかな」
ネレイナも、ローレンツも、双子たちも、身体は大きくなったのに中身はあまり変わっていない。
「僕はトトと一緒に、下の方を収穫しようかな」
「収穫するーっ」
アシュレイはみんなの落ち着いたお兄ちゃんのポジションだ。
トトもこうして収穫のお手伝いができるようになった。
私は朝食の片付けを手早く終えると、そわそわするみんなに声をかけた。
「よし、それじゃあ畑にいこうか!」
ラファエルさんはひと足先に、畑で収穫の準備をしてくれている。
私の声を合図に、剪定用の鋏とカゴをそれぞれひとつずつ持って畑へとむかった。
「赤ーーいっ!!」
叫んだのはネレイナだ。
このところいいお天気が続いたからか、林檎は美味しそうに輝いて見える。
「いっぱいあるー」
負けじと大きな声が出せるようになったのはトト。
ラファエルさん指導の下、皆で収穫が始まった。
ラファエルさんは木に登ろうとするピノとローレンツを止めながら、ネレイナを筆頭に脚立を安全に使う方法を教えている。私は手が届く枝を押さえて、トトを見守りながらアシュレイとノワールと三人でのんびり美味しそうなものを選んでいた。
籠にはどんどん林檎が増えていく。
このままの勢いだと、まだ青いものまで取ってしまいそうだから、各々五個までに決めた。
私はその林檎を見つめ、子どもたちへ宣言した。
「今日は特別です! みんなでアップルパイを作ります!」
子どもたちからは大歓声が上がった。
(大丈夫、あの日の私よりは技術は向上しているんだから)
+ + +
台所では、女の子が総動員だ。
ネレイナも、ピノとノワールも、今ではしっかりお手伝いしてくれる。
男の子たちも参加したがるけど、ローレンツとトトは材料を食べちゃうから今回は却下。
ラファエルさんのお手伝いをお願いした。
街のみんなに少しづつ林檎のおすそ分けをしてきてもらうことにした。
ネレイナは、お婆ちゃんに教わった通りにパンを薄く伸ばしていく。
力もしっかり入れられるようになった。
ピノとノワールは、小さく切った林檎をお鍋で煮ていてくれる。
お砂糖、蜂蜜、シナモンの香りが加わって、それだけでもうお腹が鳴りそうだ。
「……味見は、大事!」
ネレイナは私とほぼ同じ身長になったのに、まだまだ食いしん坊さんだ。
「そうだね、味見は作ってる人の大事なお仕事だもんね」
ピノとノワールは、小さく切ったパンに、甘く煮た林檎とシロップをそっと乗せ、みんなに配る。
「味見!」
「大事なお仕事だもんね!」
みんなでこっそり頬張った。
口の中でシロップを吸ったパンがじゅわっと広がる。
林檎のしゃくしゃくとした歯ごたえも残っていて、味見だけじゃなくいっぱい食べたくなる。
それはみんなも同じだったようで、こっそり二枚目を準備した。
お婆ちゃんに教わった通り、伸ばしたパンに林檎を挟み、フォークでしっかり押さえる。
(ここまでは完璧)
前回の反省点を思い出す。
とはいえもう五年も前のレシピなので、多少うろ覚えだ。
私はフライパンにバターを入れ、覚悟を決めた。
なぜか、黒煙が上がる。
バターがどす黒い。
ネレイナは、尻尾を巻き、耳を寝かせて悲しそうな顔をしている。
ノワールは、換気のために、そっと窓を開けてくれた。
ピノは、私の隣でフライパンを見つめ、ぽつりとつぶやいた。
「……黒い」
私のために言い訳をすると、料理はなかなか上達したと思う。
焼き色を付けるだけだから簡単とか侮っていたのかもしれない。
つまりは、絶望。
「みんな、ごめん……失敗しましたぁぁぁ!!」
私が頭を下げていると、おすそ分けに行っていた子供たちが帰ってきていた。
ネレイナと同じような目で、私を見ていた。
「ごめんなさい……」
私はもう一度頭を下げる。
せっかくの収穫が残念な思い出になっちゃう、そう反省していたら、「あらあら……」と言いながら、子どもたちをかき分けてじゃこお婆ちゃんが現れた。
「……お婆ちゃん、またやっちゃったぁ」
私は情けなく眉を下げ、お婆ちゃんに甘えることにした。
お婆ちゃんはからからと笑う。
「失敗したのはこの一個さね、大丈夫。火力に気を付けてゆっくり焼きなーーほれ」
新しいフライパンにバターを入れ、くるくると器用に動かしながら、美味しそうな焼き色がついていく。
「お婆ちゃんの手は魔法の手ね」
ノワールが笑顔で言う。
お婆ちゃんはまた、からからと笑った。
+ + +
遊びに来てくれたお婆ちゃんと一緒に、みんなでアップルパイを食べることにした。
一人分の量を人数分焼いたから、必然的に私のお皿に暗黒のアップルパイがある。
ネレイナは私のお皿を見て、また耳が半分伏せている。
「林檎だったのに……」
だった、ってどういう意味よ。
いまでもちゃんと林檎だもん。
トトまでも「甘かったのにねぇ……」って言うけど、味は甘いもん。
その時、ラファエルさんがそっとフォークを取った。
私のお皿のアップルパイを一口、食べた。
その動きを、なぜか全員で見守った。
じょりじょりじょりじょり……。
ラファエルさんの口から、砂のような音が響く。
ーー誰も、何も言わなかった。
「……食える」
ラファエルさんはごくりと飲み込んだ。
子どもたちは口々に訊く。
「ほんと!?」
「ほんとにっ!?」
「美味しい?」
「もう一回っ!」
ラファエルさんは普通の表情でもう一口食べる。
「甘い」
私は嬉しくなって確認する。
「ほんとですか!?」
ラファエルさんは、もう一口食べてくれて「十分甘い」と口角を上げた。
その言葉に釣られたのか、ネレイナも私のお皿から一口食べる。
砂をかむ咀嚼音のあと、思い切り顔を顰めた。
「……苦い」
私は研究をしようと心に決めた。




