第九話 リーダーのプライド
「ネレイナ、ローレンツを起こしてきてくれる?」
私は朝食をテーブルに並べながら、お願いをした。
「任せて!」
ネレイナは元気に席を立つと、階段を駆け上がり、二階で眠るローレンツのもとへ行く。
この流れは、ほぼ毎朝の日課になっていた。
(ありがたいなぁ)
私一人だったら戸惑うことも多かったと思う。
ネレイナがたくさんお手伝いをしてくれるから、何度も助けられている。
年長組のネレイナとアシュレイは、下の子たちをしっかり見ていてくれるし、小さな変化も教えてくれる。だからこそ、頼りすぎていたことに気づくのが遅れてしまったのかもしれない。
皆で揃って朝食を食べていた時、珍しくネレイナがパンのおかわりをしなかった。
「……ごちそうさま」
この教会の子供たちに馴染んだ、私の癖。
食前・食後のお祈りではなく、手を合わせて「いただきます」と「ごちそうさま」は、私にとって大切なものだった。
ラファエルさんは最初の頃珍しそうに見ていたけれど、今ではみんなと合わせてやってくれる。
「ネレイナ、もうご馳走様? まだパンあるよ?」
ネレイナは「ふぅ」と小さくため息を吐いて困ったように眉を下げている。
珍しくお耳も尻尾も下がり気味で元気がない。
「ネレイナ、ちょっとごめんね」
私はネレイナの額に手を当てた。
いつも少し高い体温が、今日はもっと熱く感じる。
「ネレイナ、お熱あるね……」
怪我は治せるけど、病気の治療は普通より削れる。
回復を使おうと手を重ねかけた時、ネレイナがその手を掴んだ。
小さく首を振って、私を止めた。
「茜、大丈夫」
その笑顔に申し訳ない気持ちになった。
ラファエルさんがネレイナに近寄り、身をかがめる。
「ネレイナ、薬を用意する。飲んだらやすめ」
「お薬にがいもんなー」
ネレイナは顔を顰めた。
大きな病気でなければ、栄養をとって、薬を飲んで安静に過ごせば治る。
この能力がなければ、私の時代でもそれは当たり前の治療方法だった。それでも、この能力があるからこそ、使わないことへの罪悪感のようなものを感じてしまう。
私の能力の本当の代償を知っているのはラファエルさん。
そして、ネレイナ。
他の子供たちは、能力を使いすぎると私が病気になるかもしれないーーそう曖昧に教えている。
ネレイナは幼いながらに、頑張って理解しようとしてくれた。
「ネレイナ、お婆ちゃんからもらった林檎剥いてあげるから、薬飲んだら食べな」
「……うん、頑張ってお薬飲む」
ラファエルさんが薬箱から、小さな紙に包まれた粉薬を手渡した。
ネレイナはその包みを開くと、泣きそうな顔になる。
「お薬くさいー」
狼獣人だから、漢方薬のような独特な香りが余計につらいのかもしれない。
「ネレイナがんばれ」
「がんばれー」
「うわっ、くせっ! 俺むり」
「ネレイナがんばって! ローレンツは後でお説教だからね」
子どもたちは一丸となってネレイナを応援する。
ローレンツは……少し違うけど、それでもネレイナの傍に張り付いている。
ネレイナはみんなに見つめられ、覚悟を決めた様子で一気に粉薬を飲み込んだ。
「……ほら」
ラファエルさんはネレイナの頭を撫でながら、水を差し出した。
んくんくと喉を鳴らして水を飲む。
ネレイナの瞳は涙目だった。
私はそんなネレイナに、ウサギの形の林檎を差し出した。
ネレイナは「あ、私のお耳と一緒」と喜んでくれたけど、今更ウサギだよとは訂正できなかった。
しゃりしゃりと食べ終えるとネレイナは幸せそうに「苦いのなくなった」と笑う。
いつもより赤い頬と潤んだ目が、風邪の症状だった。
ラファエルさんはネレイナを抱き上げ、二階へと連れていく。
私もお布団を敷くために席を外した。
ネレイナはラファエルさんの首に腕を回し、頬をぺったりとくっつけている。
その甘え方に、思わず目を細めた。
寝室に一組のお布団を敷く。
いつもなら部屋いっぱいに敷き詰めているからか、たった一組のお布団がぽつんと寂しく思えた。
ラファエルさんがネレイナを布団に寝かせる。
私は何となくネレイナの隣に添い寝した。
ラファエルさんが体を起こそうとしたとき、ネレイナの小さな手がラファエルさんの服を掴んだ。
小さく引っ張られたラファエルさんは、一瞬だけ動きをとめると、私のようにネレイナの隣に寄り添った。
(川の字だ)
私はなんだか嬉しくなった。
ネレイナも嬉しかったようで、毛布を顎まで被って楽しそうに笑っている。
くふふっと小さな笑い声をあげた。
「茜、私いま『独り占め』してるよね」
その嬉しそうな声に、私は胸がきゅうっと掴まれる。
病気でしんどいはずなのに、私とラファエルさんの間で幸せそうに笑う。
「今日だけ、お姉ちゃんやめていい?」
そう言って、私とラファエルさんの腕を両手で引き寄せた。
私はラファエルさんを見た。
ラファエルさんも私に視線を向けていた。
真ん中のネレイナは、もう小さく寝息を立てている。
私は小声でラファエルさんに言った。
「なんか、ネレイナに頼りすぎてたかもしれません……」
こんなに小さいのに。
なんだかとても申し訳ない気持ちになった。
ラファエルさんは眠るネレイナを撫でながら目を細めた。
「ネレイナもまだ幼い。たまにはこうして、ほかの子たちの目がないところで甘えさせてやろう。……小さな群れのリーダーとしてのプライドもあるだろうからな」
私もネレイナを撫で、そっと額に口づけた。
早く治りますように、その願いをこめて。
ネレイナの寝顔が幸せそうに微笑む。
ずっと見守りたいけど、一階からお皿の割れる音がしたから、私は身体をそっと起こした。
「ラファエルさん、ネレイナをおねがいしますね」
ラファエルさんは小さく頷き、ネレイナの隣でそっと目を閉じた。
このまま一緒に眠るのかな?
みんなで静かに過ごせるように、今日は少し気を付けないと。
私は静かに階段を下りた。




