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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第九話  リーダーのプライド

「ネレイナ、ローレンツを起こしてきてくれる?」


私は朝食をテーブルに並べながら、お願いをした。

「任せて!」

ネレイナは元気に席を立つと、階段を駆け上がり、二階で眠るローレンツのもとへ行く。


この流れは、ほぼ毎朝の日課になっていた。


(ありがたいなぁ)


私一人だったら戸惑うことも多かったと思う。

ネレイナがたくさんお手伝いをしてくれるから、何度も助けられている。


年長組のネレイナとアシュレイは、下の子たちをしっかり見ていてくれるし、小さな変化も教えてくれる。だからこそ、頼りすぎていたことに気づくのが遅れてしまったのかもしれない。


皆で揃って朝食を食べていた時、珍しくネレイナがパンのおかわりをしなかった。


「……ごちそうさま」


この教会の子供たちに馴染んだ、私の癖。

食前・食後のお祈りではなく、手を合わせて「いただきます」と「ごちそうさま」は、私にとって大切なものだった。

ラファエルさんは最初の頃珍しそうに見ていたけれど、今ではみんなと合わせてやってくれる。


「ネレイナ、もうご馳走様? まだパンあるよ?」


ネレイナは「ふぅ」と小さくため息を吐いて困ったように眉を下げている。

珍しくお耳も尻尾も下がり気味で元気がない。


「ネレイナ、ちょっとごめんね」


私はネレイナの額に手を当てた。

いつも少し高い体温が、今日はもっと熱く感じる。


「ネレイナ、お熱あるね……」


怪我は治せるけど、病気の治療は普通より()()()

回復を使おうと手を重ねかけた時、ネレイナがその手を掴んだ。

小さく首を振って、私を止めた。


「茜、大丈夫」


その笑顔に申し訳ない気持ちになった。

ラファエルさんがネレイナに近寄り、身をかがめる。

「ネレイナ、薬を用意する。飲んだらやすめ」


「お薬にがいもんなー」


ネレイナは顔を顰めた。


大きな病気でなければ、栄養をとって、薬を飲んで安静に過ごせば治る。

この能力がなければ、私の時代でもそれは当たり前の治療方法だった。それでも、この能力があるからこそ、使わないことへの罪悪感のようなものを感じてしまう。


私の能力の本当の代償を知っているのはラファエルさん。

そして、ネレイナ。

他の子供たちは、能力を使いすぎると私が病気になるかもしれないーーそう曖昧に教えている。


ネレイナは幼いながらに、頑張って理解しようとしてくれた。


「ネレイナ、お婆ちゃんからもらった林檎剥いてあげるから、薬飲んだら食べな」


「……うん、頑張ってお薬飲む」

ラファエルさんが薬箱から、小さな紙に包まれた粉薬を手渡した。

ネレイナはその包みを開くと、泣きそうな顔になる。


「お薬くさいー」


狼獣人だから、漢方薬のような独特な香りが余計につらいのかもしれない。


「ネレイナがんばれ」

「がんばれー」

「うわっ、くせっ! 俺むり」

「ネレイナがんばって! ローレンツは後でお説教だからね」


子どもたちは一丸となってネレイナを応援する。

ローレンツは……少し違うけど、それでもネレイナの傍に張り付いている。


ネレイナはみんなに見つめられ、覚悟を決めた様子で一気に粉薬を飲み込んだ。


「……ほら」


ラファエルさんはネレイナの頭を撫でながら、水を差し出した。


んくんくと喉を鳴らして水を飲む。

ネレイナの瞳は涙目だった。


私はそんなネレイナに、ウサギの形の林檎を差し出した。

ネレイナは「あ、私のお耳と一緒」と喜んでくれたけど、今更ウサギだよとは訂正できなかった。


しゃりしゃりと食べ終えるとネレイナは幸せそうに「苦いのなくなった」と笑う。

いつもより赤い頬と潤んだ目が、風邪の症状だった。


ラファエルさんはネレイナを抱き上げ、二階へと連れていく。

私もお布団を敷くために席を外した。


ネレイナはラファエルさんの首に腕を回し、頬をぺったりとくっつけている。

その甘え方に、思わず目を細めた。


寝室に一組のお布団を敷く。

いつもなら部屋いっぱいに敷き詰めているからか、たった一組のお布団がぽつんと寂しく思えた。


ラファエルさんがネレイナを布団に寝かせる。

私は何となくネレイナの隣に添い寝した。

ラファエルさんが体を起こそうとしたとき、ネレイナの小さな手がラファエルさんの服を掴んだ。


小さく引っ張られたラファエルさんは、一瞬だけ動きをとめると、私のようにネレイナの隣に寄り添った。


(川の字だ)


私はなんだか嬉しくなった。

ネレイナも嬉しかったようで、毛布を顎まで被って楽しそうに笑っている。


くふふっと小さな笑い声をあげた。

「茜、私いま『独り占め』してるよね」

その嬉しそうな声に、私は胸がきゅうっと掴まれる。


病気でしんどいはずなのに、私とラファエルさんの間で幸せそうに笑う。


「今日だけ、お姉ちゃんやめていい?」


そう言って、私とラファエルさんの腕を両手で引き寄せた。


私はラファエルさんを見た。

ラファエルさんも私に視線を向けていた。

真ん中のネレイナは、もう小さく寝息を立てている。


私は小声でラファエルさんに言った。

「なんか、ネレイナに頼りすぎてたかもしれません……」

こんなに小さいのに。

なんだかとても申し訳ない気持ちになった。


ラファエルさんは眠るネレイナを撫でながら目を細めた。


「ネレイナもまだ幼い。たまにはこうして、ほかの子たちの目がないところで甘えさせてやろう。……小さな群れのリーダーとしてのプライドもあるだろうからな」


私もネレイナを撫で、そっと額に口づけた。

早く治りますように、その願いをこめて。

ネレイナの寝顔が幸せそうに微笑む。



ずっと見守りたいけど、一階からお皿の割れる音がしたから、私は身体をそっと起こした。

「ラファエルさん、ネレイナをおねがいしますね」


ラファエルさんは小さく頷き、ネレイナの隣でそっと目を閉じた。

このまま一緒に眠るのかな?



みんなで静かに過ごせるように、今日は少し気を付けないと。

私は静かに階段を下りた。

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