第八話 心の循環
私は最近回復魔法を使っていない。
必要な時はもちろん考えるより先に身体が動くんだけど、みんな丈夫で使う機会がない。
怪我がないのはもちろん良いことなんだけど、少しだけ悶々としてる。
私がこんなことを考えてるなんて知られたくはないのに、このもやもやをどうしたらいいか誰かに教えてもらいたい気持ちもある。
(経験不足かぁ……)
私は一人テーブルで頭を抱えた。
最近無性にラファエルさんの手を見つめてしまう。
食事をするとき。
子どもたちを抱き上げるとき。
畑仕事をする時だってそう。
「あの手に触れたんだよねぇ……」
言葉にしたら、やたらと頬に熱を感じる。
原因は分かってる。
子どもたちは簡単に、ラファエルさんに飛びついたり手を繋いでもらったりしてるのに、なんで私はできないんだろう。
子どもたちとのやり取りを見て、微笑ましいのに羨ましい。
そう思ったら、私も触れたくて仕方なくなったのだ。
(でも意識しちゃうとだめなんだよなぁ……)
私は窓から外を眺めた。
昼食を食べた子どもたちは、ラファエルさんと一緒に畑仕事をしてくれている。
私はお皿を洗って片づけて、机に座って一息ーーのつもりが、窓を眺めながら、ずっともやもやしている。
眺めていたら、双子が身をかがめて作業していたラファエルさんの背中に飛び乗っている。
「あの勢い、いいなぁ……」
私が盛大な独り言を呟いた時、背後から咳払いが聞こえた。
振り返るとそこには水を飲みに来たのか、マグカップを持ったアシュレイが立っていた。
「……なんか、ごめんなさい」
私の呟きを聞いてしまったからなのか、申し訳なさそうな表情で目を合わせてくれない。
可哀想な独り言みたいに受け止められると、逆に悲しくなるから、私は笑顔で言い訳をした。
「いや、大丈夫だよ? ちょっと、みんなが羨ましくなっちゃってさ」
身振り手振りをいれて、大げさに言い訳をしてしまう。
そんな私を見て、アシュレイは小さく笑った。
「ははっ、……ねぇ、茜、ラファエルさんも気にしてたよ?」
ネレイナと同じ年齢とは思えないくらい落ち着いた様子で、アシュレイは言う。
「え、何か言ってた?」
私は恐るおそる質問する。
そんな私に、またアシュレイは柔らかい笑顔を向けた。
「いや、何も言わないけど、朝からずっとラファエルさんが茜を目で追ってるから、なにかあったのかなって」
「そうなの? ……私、今日ずっと目を合わせられてないのに」
アシュレイはマグカップにお茶を入れ、私の隣にちょこんと座り、こちらを向き直す。
どうやらしっかり話を聞いてくれるみたいだ。
「んー、多分だけど、茜のその態度を気にしてるんじゃないかな?」
私は朝からつい手を見ては目を逸らす、そんな態度を振り返る。
「やっぱり感じ悪かった?」
「ううん、ラファエルさんの顔は『どうしたのかなー』って表情だから、心配してる? みたいな」
「そっか、どうしたらいいと思う?」
アシュレイは顎に手を当てて考え込んでいる。
冷静に考えたら、八歳に真剣に相談を持ちかけてる十七歳ってどうなのかなって思うけど、藁にも縋りたい気持ちだから許してもらいたい。
「どうしたのかを気にしてるから、茜が伝えたいことをちゃんと言えばいいと思うよ」
「お話大事」と言いながら、両手で握り拳をつくって私を応援してくれる。
(そうなんだよねぇ…)
話ができたら一番いいし、私がしたいことを本人に伝えられたら何の問題もない。
それは理解してるの。
でも、大人になるにつれてその素直さが出せなくなるというか……。
子どもが「触りたい」っていうのと、私が同じセリフを言うのとでは、何か色々違ってくる。
「素直に伝えたら大問題な気がするんだよぉ……」
私はアシュレイの目の前で頭を抱えた。
アシュレイはそんな私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「アシュレイは大きくなったら絶対モテる気がする! 色んな女の子にモテモテだよ、私が保証するよ」
そういうと、アシュレイは複雑そうに笑う。
「……えー、特別な相手をみつけるなら一人がいいな。大切な人をちゃんと大事にしたいなぁ」
未来のイケメンは心までイケメンだった。
アシュレイに撫でられ、癒されていると、教会の扉が勢いよく開かれた。
壊れそうな勢いのある開け方をするのは、ピノかネレイナ、もしくはローレンツしかいない。
とたとたと軽い足音がいくつも聞こえるから、今回はピノらしい。
ピノとノワールも水分補給にきたようで、私とアシュレイを見て近寄ってきた。
「茜ー、机にぺったりしてなにやってるの?」
「お身体しんどいの? 大丈夫?」
二人は私に声をかけてくれる。
心配する言葉もかけてくれて、子どもの素直な優しさっていいなぁ。
「んー、なんかね、みんなが羨ましくて悩んでたの」
私はついつい二人にも弱音を吐く。
六歳に相談する十七歳だ。
こういうのは多分年齢じゃない。
もしかしたら良いアドバイスをもらえるかもしれないもんね!
「羨ましい?」
ノワールが首をこてりと傾げる。
「……うん、みんなラファエルさんに飛びついたりしてるから、なんだかいいなぁって」
ピノは「なぁんだ」と笑いながら答えてくれた。
「茜も飛びつけばいいよ。ラファエルさん大きいから、だーっと走って勢いつけて飛びつくの! 肩を目指してジャンプだよ」
その説明に、アシュレイが首を傾げる。
「え? そう言うことなのかな?」
「そう! 飛びつくためには走らないとダメだもんね」
珍しくノワールも同意している。
そして突然二人は私の手をとって「行くよ」と走り出した。
部屋に残されたアシュレイは、混乱したような貌で「が、頑張って!」と言ってくれた。
私も正直「そう言うことだっけ?」と頭がついていかない。
だけど、二人と走ってると何だか楽しくなってきた。
子どもとはいえ、さすが猫の獣人。
私の手を引いてかろやかに走る。
速度も私の全力疾走だ。
教会を飛び出し、畑へ走る。
走ってくる私たちに気づいたラファエルさんは、手を止めて眺めていた。
走りすぎて心臓が痛くなる。
息が整わないから、呼吸も苦しい。
もう少しでラファエルさんの目の前だ。
そう思った時、双子は同時に私をぐいと前へ押し出した。
勢いは止められず、目の前にいるラファエルさんへとぶつかる事を覚悟した。
軽い衝撃の後、地面へと倒れたはずだった。
いつまで経っても痛みはなく、目を開けたら私の下にラファエルさんが倒れていた。
前へ倒れ込む私を抱えて、ラファエルさんが尻もちをついたらしい。
私はその腕に抱え込まれていて無事だった。
久しぶりに、触れることができた。
私はなんだか循環している時のような安心感を感じた。
「……ピノ、ノワール」
久しぶりに聞くラファエルさんの低い声。
(二人が叱られちゃう!)
私は咄嗟に弁解した。
「違うの、二人は私の悩みを解決してくれたの」
ラファエルさんの顔が私を正面からとらえる。
片方の眉をあげ、続きを促している。
「えぇと、飛びつくにはダッシュが必要だーーって」
「そう!」
「獲物を捕まえるなら、勢い大事!」
双子が私の言葉をフォローする。
……フォローになっていない気もするけれど。
「……勢いが、大事だったみたいです」
ラファエルさんは眉間に手をあて、考え込んでいる。
その間、私はラファエルさんの腕に抱え込まれて、ホッとした。
思わずにこにこしていたら、子どもたちも次々にラファエルさんに飛びついた。
「茜だけずるーいっ!」
ネレイナもラファエルさんの反対の腕に滑り込む。
ローレンツは背中、双子は横から張り付いた。
後から来たアシュレイに向かって、私は腕を広げた。
アシュレイは籠の中で眠るトトを抱き上げ、私の腕の中へ入ってきた。
そして、小さな声で「解決、した?」と訊いた。
「勢いで、なんとか」
私はアシュレイと二人で小さく笑った。
みんなでぎゅうぎゅうと抱きついたせいか、ラファエルさんは口角をあげ、困ったように、それでもどこか嬉しそうに笑っていた。




