第七話 おすそ分け②
この国はいろんな種族の人が住んでいるだけで、元は滅びた地球。
同じ惑星だったのだから、どこか似ていると勝手に考えていた自分に気づいた。
魔法がある時点で、私たちと異なる存在なのに。
日本人だった私の勝手な基準で考えてはダメだと思うのに、心が追いつかない。
名前がなく、当たり前に魔力を吸われるために生きている。
この世界の当たり前が、私の表情を曇らせた。
そんな私を見て、お婆ちゃんはなぜか目を細めた。
「あんた、優しい子だねぇ。大丈夫、今は吸われすぎて死ぬ子はいなくなった。ちゃんと回復するまで休ませてから、また動けるくらいの量を吸う。今の王様たちがあたしたちの事も考えてくれたんよ……ありがたいねぇ」
(お婆ちゃんの頃は、どれほど大変だったんだろう)
私の気持ちは、うまく切り替えられなかった。
お婆ちゃんは、私の頭をひと撫でし、子どもたちに笑顔で提案した。
「こんなに沢山の林檎、持って帰るのも大変だろうから……お菓子でも焼こうかね!」
子どもたちの瞳は一気に輝いた。
「はい、みんな! まずは石鹸でしっかり手ぇ洗っといで!」
足早にキッチンへと行ったお婆ちゃんは、私に向けてエプロンを放り投げた。
「ほら、あんたも手ぇ洗ったらここにある林檎の半分くらい皮を剥いとくれ」
お婆ちゃんはお鍋を用意し始めた。
生地を焼くところから始めるのかと思っていたら、おもむろにパンを棒で伸ばし始める。
形としては一斤サイズの食パンを縦長にスライスしたものだろうか。
「……パン? 生地を焼くんじゃなくて?」
「そんなこ洒落たことするかいね、面倒くさいじゃないか」
からからと笑いながら、器用にパンが薄く伸ばされていく。
私は伸ばされた一枚を持ち上げてみた。
「……これ、パイ生地……ってことにしてもいいのかな?」
眺めていたら、お婆ちゃんから棒を渡された。
「ほら、あんたも伸ばさんと! 七個くらい焼いてみようかね」
「まだ林檎剥いてないよ?」
私があたふたしていると、手に持っているもう一本の棒を私に手渡し、みんなでパンを伸ばすように頼まれた。
「あたしが林檎は剥くから、みんなで頑張って伸ばしな」
手を洗って戻ってきたこどもたちが、楽しそうに棒で伸ばしていく。
最初に作ってくれたお婆ちゃんの伸ばしたパンがお手本になってくれた。
その様子を眺めながら、お婆ちゃんは手早く林檎を剥いていく。
薄くスライスし、時々その欠片を子供たちの口に放り込んでくれるから、子どもたちは大はしゃぎだった。
大きなお鍋にバターとお砂糖、はちみつと少しのレモン汁を入れ、小さく切った林檎を煮ていく。
ゆっくりと煮るうちに、甘い香りが部屋中に広がった。
くるるるる……。
私のお腹が反応してしまった。
音の正体は即座に気づかれてしまい、みんなに笑われた。
食い意地ナンバーワンのネレイナにまで「茜、あとちょっとだから我慢だよ」と言われ、複雑な気持ちになったのは内緒だ。
「ほれ、もう少しで煮れるから、伸ばしたパンを半分に切るんだよ」
私は言われた通りにパンを切っていく。
お婆ちゃんが私の手元をみて「手ぇ切るんじゃないよ」とか「うまいじゃないか」って言葉をくれるたび、家でお手伝いをしていた時のことを思い出していた。
少しだけ、目頭が熱くなった。
だけど林檎の甘いいい匂いのおかげで、涙は零れなかった。
お婆ちゃんは鍋を火からおろし、テーブルの真ん中に置いた。
スプーンを七本用意して、私たちに配る。
「さあ、後はあんたたちの仕事だ。パンの片側に零れないくらいの林檎を入れて、しっかりと半分に折りな」
お婆ちゃんの声を合図に、みんながお鍋の中の林檎をすくってパンに乗せていく。
私は林檎をなるべく薄く延ばして、パンの縁を少しだけ空けて半分に折った。
「作ったことあるのかい?」
「冷凍のパイ生地を使ってなら作ったことがあるんですけど、パンは初めてです」
「冷凍……そんなもんあるんかね!」
「えぇと、私の国? ……では?」
説明が難しい。
どう説明しようか思案に暮れかけたけど、お婆ちゃんは「そんな便利な国もあるもんだねぇ」と納得してくれた。
そしてまたパイの続きに戻ると、お婆ちゃんが用意してくれていたフォークで、パンの端っこを押さえていく。
細長い長方形の見た目が、ファーストフード店のパイみたいで、なんだか懐かしくなった。
「こぼれた! 食う!」
林檎を盛りすぎて半分に折ったせいか、ローレンツのパイからは林檎が溢れている。
その林檎を指ですくって食べていた。
「大丈夫、テーブルは綺麗だから。でもよそ様でやっちゃあいけないよ? 食い意地は隠した方がモテるからね!」
お婆ちゃんに言われ、ローレンツは「明日からはぜってーやらない」と宣言した。
他のみんなは、ローレンツほどではないけど、パンクしそうだったり、中身が控えめだったり。
なぜか歯型の形で欠けていたりと個性あふれるパイを完成させていた。
「さあて、仕上げをしようかね!」
お婆ちゃんはフライパンにたっぷりのバターを入れ、順番にパイを焼いて行ってくれた。
「あんたは自分でやってみな」
私はフライパンにバターを入れ溶かすと、慎重にパイを置いた。
子どもたちの視線が集まる。
変な緊張感で、なぜかバターが焦げ始める。
「え? あれ……」
私は急いでひっくり返す。
焦げたバターが白いパイを茶色く染めていく。
「えっ? ……え? なんで!?」
焦っているせいか、パイがフライ返しから逃げていく。
どうにか端っこに追いやって掴んだ時には、白かったパイははだいぶこげ茶色に変化していた。
(一番下手かもしれない……)
皆の前に並んだパイは、形はいびつだけどお婆ちゃんが焼いてくれたからとっても美味しそうなのに。
私はパイをそっと指先で叩いてみた。
カッ、カッ。
なぜか力強い音がした。
私がパイの前で一人反省会をしていたら、お婆ちゃんがお手本として最初に作ったパイを切り分けてきてくれた。
形も、焼き加減もお店で売っているようなパイに見える。
パンを薄く伸ばしたなんて言わなければ、わからないくらいさくさくで美味しかった。
林檎もとろとろで甘く、勢いよく齧りつくと中の熱さで舌を火傷しかけた。
私はうっかりしてたけど、子どもたちには「熱いから気を付けて食べるんだよ」って教えてあげられたから結果としてはこの火傷も無駄じゃない。
落ち込みかける私をよそに、子どもたちは無邪気に舌鼓を打っていた。
「お婆ちゃんのパイ、美味しかったぁ! うちの林檎が大きくなったら、またみんなで作りたいね」
「そん時はまたじゃこ婆ちゃんに教えてもらおうぜ!」
みんなが笑顔で未来の予定を計画している。
お婆ちゃんも、その様子を穏やかに見つめていた。
そして、ちいさくぽつりと言った。
「その頃には、わたしは食べられるかねぇ」
その言葉に子供たちは笑う。
「美味しく作るもん、食べれるよ!」
「またみんなでこうして食べるよね」
その明るい声に、お婆ちゃんはまたからからと笑った。
+ + +
教会に帰り、その日の夕食後。
ラファエルさんの目の前にはアップルパイの小さな山ができていた。
どれもラファエルさんの一口サイズではあるけれど、人数分を集めたらなかなかの量だ。
それでもみんなラファエルさんに食べてもらいたかったみたいで、半分ずつお裾分けしたのだ。
今はそんなラファエルさんを囲んでそわそわしている。
「これは……多いな」
ラファエルさんは様々な形のパイを見て、珍しく目を丸くした。
反応を待つ子供たちの視線に動かされ、フォークを握った。
そして一番目に突き刺したのは、私のパイだった。
カッ……カッ。
「逃げるんだな、このパイは」
みんな笑いたいのを堪えているようで、子どもたちの口から「ぶふっ」とか「ふへっ」などと失礼な空気が漏れる。
ラファエルさんが諦めたように素手で掴んで口に放り込んだ。
ごりっごりっごりっ……。
激しい咀嚼音のあと、飲み込んでくれた。
「……よく、焼けていた」
その感想で、子どもたちの耐えていた笑いの限界だったようだ。
みんなが楽しそうに「石みたい!」とか「ごりごり言ってたよ」とラファエルさんを囲んで笑う。
ラファエルさんの視線が私にちらと向けられ、下を向いて口角を上げている。
(笑いたければ笑えばいいのに……!)
気付けば、みんなで笑っていた。
どれも美味しかったし、私のパイも味は美味しかったんだから。
きっと、次はうまく作ってやる。
そう心に決めた。




