第六話 おすそ分け①
私の目の前には山のように積まれたニンジンがあった。
出荷する分も準備して、保存用も取ってある。
それなのにこんもりとした山ができていた。
(魔石の保冷庫はあるけど、ニンジンだらけになっちゃう)
私はラファエルさんの許可も得て、町のみんなにおすそ分けすることを決めた。
「ネレイナー、みんなでお野菜届けてきてくれる?」
「はーい! みんな一人三袋準備ねっ」
この町は、まだ家が少ない。
前の王で失った街の、生き残った人たちが集まってできた小さな町だった。
だから、五人が三袋ずつ用意したら、全ての家屋に行き渡ってしまう。
それでも、中には夫婦となった人もいて、きっとこれから人口も増えていくに違いない。
私がそんなことを考えているうちに、子どもたちは布袋に沢山のニンジンを詰めていく。
昔ーー子供のころ野菜の詰め放題を経験したことがあるけど、なぜか「詰め放題」という言葉には魅力がある。
子どもたちも競い合うように野菜をぱんぱんに詰めている。
(性格がでるなぁ……)
丁寧にきっちりと真っすぐ詰めているのはアシュレイ。
黙々と大きさや角度を考えているようで、多分一番上手に詰めている。
隣に座るローレンツとネレイナは、どちらも折れそうな勢いでぎゅうぎゅう押し込んでいる。
……二人のニンジンが届いた家には、なるべく早くニンジンを解放してあげるようにお願いしないと。
ピノとノワールはパズルみたいに縦横斜めと自由に差し込んでいる。
「あぅ!」
気が付けば、膝の上でお座りしていたトトがニンジンを齧っていた。
新鮮なニンジンに小さな歯型が付いている。
触感に文句はないようで、ずっとがじがじと齧っては、器用にぺっぺと吐き出していた。
「できたーー! いっちばーーん!」
ローレンツが立ち上がった。
いつの間に競争になったんだろう。
「うわぁーー、二番目かぁ」
ネレイナの耳と尻尾が下がっている。
速さを競っていた二人の布袋は、簡単な衝撃で弾けてしまいそうにぱんぱんだった。
マイペースな三人は、ほぼ同時に詰め終えた。
「あかね、上手にできた」
「うん! アシュレイの詰め方は本当に上手だね」
頭を撫でたら嬉しそうに目を細めている。
「茜、はやく!」
「お届け物、いこ!」
ピノとノワールがそわそわしている。
そんな空気を感じ取ったラファエルさんが、私の腕からトトを抱き上げた。
「留守番は任せろ」
「はい、いってきますね」
私たちを見送るラファエルさんの口角は上がっていた。
+ + +
子どもたちとお散歩がてら、一軒ずつ手渡しでにんじんを配っていく。
中には子どもたちにとお菓子をわけてくれたり、みんなが色々と気にかけてくれる。
小さな町だからこそ、ささやかなやりとりが温かい。
そして、ようやく町外れにある十五軒目のお家に辿り着いた。
そのお家の隣には背の高い林檎の樹が一本生えていて、数は多くないけれど立派な赤い実をつけている。
「うちの林檎もこんなに大きくなるのかなー」
ネレイナが見上げて言う。
「あと何年か立ったら、きっとこんなに大きく育つんだろうね」
アシュレイも眩しそうに見上げる。
私の背中には歩き疲れた双子が乗っていた。
ローレンツは、お家の前で大きい声をかけた。
「こーんにーちはー! じゃこ婆ちゃーーんっ」
「はいはい、聞こえたよー。なしたのー?」
中から現れたのはネズミ獣人のじゃこお婆ちゃんだった。
お婆ちゃんには、この教会に来てから何かとお世話になっている。
逆子の牛のお産でも、お婆ちゃんの存在に本当に励まされたものだ。
「ほい、婆ちゃんに、にんじんっ!」
ローレンツが袋にいっぱい詰まったにんじんを開いてみせた。
じゃこお婆ちゃんは嬉しそうに破顔し、私たちを家へと迎え入れてくれた。
「こんなにいっぱい貰ったなら、ちゃんとお返しせにゃバチが当たるね! そこの籠にある林檎、全部持ってきな」
小さな平屋建てのような一軒家は、居間と小さな寝室がある一人暮らし用のお家だった。
町の大人達がその人に合わせて一軒ずつ建てていった家の一つだ。
お婆ちゃんと一緒に暮らしたいと言う人は何人も居たけど、お婆ちゃんは頑なに受け入れなかった。
自分が誰かの足枷になるのはごめんだよ、と笑って断っていた。
もちろん私達の教会で一緒に暮らしたかったけど、「馬に蹴られるのはイヤだからね」と笑顔で断られた。
ラファエルさんは「いつでも頼ってくれ」って諦めたように笑ってたけど、時々家の前の柵を治しにきたり、子どもたちを連れて果樹の剪定をしに来たりしている。
(でも……うちは牛と鶏しかいないけどな)
「はいお待たせー」
お婆ちゃんがたくさんのコップに絞った林檎ジュースを入れてきてくれた。
長いお散歩で喉がカラカラだったので、私たちはありがたくいただくことになった。
「あまーーい」
「甘いねぇ」「甘いよね」
「うまーい」
「美味しいです」
みんな美味しそうに喉を鳴らして飲んでいる。
「ごちそうさまー!」
「はい、お粗末さまでした」
お婆ちゃんは子どもたちに笑顔を向ける。
「賑やかでいいねぇ」
「じゃこ婆ちゃん、おかわりくださーい」
一人がお代わりを求めると、みんな一斉に騒ぎ出す。
その声ですら、お婆ちゃんは可笑しそうに笑った。
「そういえば、なんでじゃこ婆ちゃんは『じゃこ』なの? あんまりないお名前だよね」
ネレイナが首を傾げる。
たしかに、日本でじゃこと言ったら「ちりめんじゃこ」しか思い浮かばない。
「お婆ちゃんはおよその国から来たの?」
皆が口々に質問した。
私も、この町のひとは「あの街」の生存者、ということしか知らなかった。
子どもたちに話し出そうとしているお婆ちゃんの顔を見た。
「あの街にはネズミ獣人がたくさんいたんだよ。わたしも長いこと病院で飼われててねぇ」
子どもたちは真剣に耳を傾けているが、私は「飼われていた」という言葉に少し背筋が寒くなった。
それを異常だと感じるのは私だけだったようで、子どもたちは当たり前のように聞いていた。
「ーーほら、怪我すると奴隷や罪人から魔力を吸うじゃないか。それでもみんなを回復するには足らないのさ。だからネズミ獣人は病院でつかわれるんさね。多産で数が多いから」
子どもたちは、この世界の仕組みについてどう思っているんだろう。
私は、誰かを犠牲にして行う回復を使いたいとは思えない。
「当たり前だけど私たちに名前なんてないの。昔はみんなまとめて『雑魚』って呼ばれてたのさ。そいつの発音がちょっとだけ下手でね、そしたらなんだか愛着が湧いちゃって。そのまま『じゃこ』にしちまったよ」
お婆ちゃんは、からからと明るく笑う。
皆明るく笑っていたけど、私は、ちゃんと笑えていただろうか。
少しだけ、自身がなかった。




