第五話 正解が欲しい
「あかねっ、私の髪の毛綺麗にしてー」
「だめなのよ? 私が先に髪サラサラにしてもらうんだもんっ」
ピノとノワールが最近競い合ってる気がする。
そう感じ始めたのは、毎朝のやり取りからだった。
これまではみんな順番でよかったのだけれど、ネレイナの次にピノなのか、ノワールかで喧嘩をする日が多くなった。
「昨日の朝はピノからだったから、今日はノワールかな?」
そう話しても、どちらからも不満の声が上がる。
「えー、ピノのがお姉ちゃんなのに? ピノがネレイナの次だよ」
「お姉ちゃんじゃないもん、ノワールとピノ双子だもん。同じ誕生日だもん」
「おかーさんから出たのは私がちょっとだけ先だもん」
「ほんのちょっとなのに勝手に妹にしないで」
一度言い争いが始まると、落ち着くまでが長い。
今回はノワールが私の服に顔を埋めて泣き始めた。
「そうやって泣くと私が悪くなっちゃうでしょ!?」
ピノも泣いて二階へと駆け上がっていった。
「茜、わたし、ピノみてくるね」
こういう時、ネレイナは必ず「お姉ちゃん」役をしてくれる。
とても助かっているけど、これでいいのか不安になる。
泣くノワールを抱き上げ、膝に乗せる。
(こんな時、身体が二つあったらなぁ)
そんな妄想をした。
でも私が二人いたら、それはそれで大変なんだろうな……。
私は思わずため息を吐いた。
「……今日はどんな髪型にしよっか。可愛くできたら、一緒にピノを迎えにいこう」
子どもならではのサラサラの細い髪を、ゆっくりと編んでいく。
今日は編み込みに決めた。
ゆっくりと指を動かして髪を編んでいると、階段を降りてくる二つの足音。
首を動かしてそちらに目をやると、傷ついたようなピノの顔があった。
「やっぱり茜もノワールがいいんだ……ノワールのが可愛いんだ! 私より素直で可愛いから」
ピノは教会の外へと走っていく。
「違うの、ピノ……!」
みんなちゃんと大切に思っているのに。
私の膝の上にはノワールがいるから動けない。
その焦りを感じ取ってくれたのか、ネレイナが「茜っ、待ってて」と駆け出した。
ノワールはまたしくしくと静かに泣いていた。
そんなノワールを一人にはできない。
教会の畑には男の子たちとラファエルさんがいる。
ネレイナも追いかけてくれたから……きっと大丈夫。
そう思い、私は泣き続けるその背中を撫でた。
どんな言葉をかけたらいいのかわからず、ただゆっくりとノワールの背中をさする。
走って行ったピノも気がかりで、自分がとても頼りなくて、なんだかとてもお母さんに会いたくなった。
もう、会えないけれど。
+ + +
畑ではしゃぐ子どもたちを見守りながら、ラファエルは今日使う野菜を収穫していた。
そんな中、教会からピノが飛び出し、それを追うネレイナの姿がみえる。
「あいつら、何やってんだ?」
「……ピノ、泣いてる」
ローレンツとアシュレイが、遊ぶ手を止めて二人をみた。
ピノは先日植えた林檎の木の隅にしゃがみ込んで肩を振るわせている。
ラファエルはネレイナを呼び止めて、話を聞いた。
「何があった?」
「んー、多分……喧嘩? でもどっちも嫌いっていうのとは違う気がするの」
「……なるほど」
その要領を得ない説明だが、ネレイナが言いたいことはなんとなく伝わった。
ラファエルは三人にトトを任せ、一人ピノの元へと歩いていった。
林檎の苗より小さくなって背中を丸めるピノ。
足元の土が濡れているから、まだ涙は止まっていないらしい。
「ピノ」
「……ラファエルさぁん」
顔を上げたピノの顔は、一瞬でくしゃりと歪んだ。
ポロポロと涙が溢れ続ける。
「ピノとノワール、どっちが可愛い?」
「どちらもお前たちらしいな」
「違うの! 可愛いのはどっち!?」
「比べる必要があるのか? どちらも違う良さがあるだろう?」
ラファエルは首を傾げた。
双子とはいえ、一人ひとり異なるものを比べる意味が分からない。
ピノは「違う……?」とつぶやいた。
何かを思いついたようにピノの尻尾は真っすぐに立っている。
「私と、ノワールは『違う』?」
恐る恐る聞くその姿にラファエルは顎に手を当て考える。
(そもそもの個体が異なるのだから、違いは必然……多分この答えは違うな)
茜と話た言葉を思い出す。
間違えたなら謝ればいい……それでも。
(間違えたくない言葉だな)
ラファエルは腰を落とし、ピノの目線へと高さを合わせた。
「お前の中には芯があるから強い。だからこそノワールは安心してお前に甘えている。ノワールは場の空気を和ませるのが上手い。そのどちらも、生きていくうえでとても役に立つ」
ラファエルは自分の言葉が上手くないことを自覚している。だからこそ、せめて真っすぐに伝えたいと思った。
「わたしは……強い」
ピノは自分の指の爪を尖らせたり戻したりして考え込んでいる。
どうやら少し違う意味で受け取っているらしい。
(そういうことでは無いのだが……)
訂正せねば。
そう思うのに、ラファエルの言葉の引き出しに現状を打破できるものがない。
互いに黙り込んでいると、ピノがぱっと明るい表情になった。
「わたしは強い! だからノワールを守ったり、大事なものを譲ってあげることも大切だもんね」
それは少し違う気がする、そう言わねばと手を前に出したときには、ピノは駆け出していた。
ネレイナとローレンツ、アシュレイを連れて川魚を取ってくる、と声高々に宣言して。
「いっくぞーーー! わたしはつよーーい!」
その声がどんどん遠くなる。
ラファエルの手は、情けなく宙を掴んでいた。
+ + +
私は泣き疲れて眠るノワールを膝に乗せて深いため息を吐いた。
「こんな時、どうしたら良かったんだろう……」
思わず弱音を吐いても、その言葉に答えてくれる人はいない。
私の胸に顔を埋めて眠るノワールは可愛い。
私は一人っ子だから、双子の気持ちはわからない。
両親の愛情を独り占めしていたわけだから、関心を引きたがる気持ちを理解するのも難しい。
(みんな大切なのに……)
伝えるには、まだ足らないものが多い気がする。
でも、その色々を補えるものが私の中にまだ存在してない気がする。
自分の至らなさで落ち込んでいると、畑仕事をしていたラファエルさんが、トトを抱いて戻ってきた。
「お帰りなさい、お茶をーー」
言いかけて膝の上のノワールを見た。
ラファエルさんも気づいているようで、自分で水差しからお茶をマグカップへと注いだ。
「茜も、少し休め」
私の前にも置かれたマグカップ。
ラファエルさんはトトを片手で抱き、腕の中で静かに寝かせながらお茶を飲む。
私も腕でノワールを支えて、お茶を一口飲んだ。
「……ノワールがね、いつも二番目だったんですって」
私はぽつりぽつりと話し出す。
「たまには一番が良かったって泣くんです」
(私は答えを求めてるくせに、今のラファエルさんにはただ聞いていて欲しいって思ってる)
ズルいと思うのに、弱音が止まらない。
「私、一人っ子で、兄弟いないんです」
ラファエルさんは、マグカップを机に置き、話し続ける私を真っ直ぐに見つめていてくれる。
「私、関わり方を間違えちゃいましたかね」
感情とともに涙が込み上げる。
ラファエルさんはそんな私をみて表情を緩めた。
「俺よりよっぽど上手くやってる」
その一言が、なんだかとても嬉しかった。
泣き笑いのようになったけど、子ども達が帰ってくる前に、笑顔になれて良かった。
その日の夜は、ピノの希望でラファエルさんと私で子どもたちを挟んで眠ることになった。




