第四話 林檎の木
今朝、シグルドさんからの物資が届いた。
うちの教会は、宰相であるシグルドさんからの達筆なお手紙とともに物資が直接届く。
最初は立場を考えて扱いを変えるよう願い出ていたのだけれど、シグルドさんもエカテリーナさんも「家族に支援するだけ」という姿勢を崩さなかったので、ラファエルさんが折れたかたちだ。
とはいえ、内容に差はなく、国内で孤児を保護し育てている施設には、定期的にこうした物資が配られる。
受け取る手続きをしている間に、子供たちは苦手な洗顔もしっかり済ませ、沢山の木箱の中身を楽しそうに眺めていた。
食料品はもちろん、薬や服や。本やささやかな玩具まで。
(どんな顔をして選んでくれたのかな)
二人が話し合って内容を決めている姿を想像して、思わず笑みがこぼれた。
国に申請した子どもたちのために、年齢に合わせた玩具や服。
六歳のピノとノワール用の二つのぬいぐるみを手に持つと、城にいる二人の優しさが感じ取れた。
「ほら、二人にはぬいぐるみだって」
猫の形のぬいぐるみを選んでくれたのは、二人が猫獣人だからかな。
受け取った二人は、嬉しそうに抱きしめた。
「うわぁ……ふわふわ」
手触りを幸せそうに確かめるノワール。
「みて! お着換えできるの」
ぬいぐるみの服を眺めるピノ。
どちらも幸せそうだ。
八歳のネレイナとアシュレイには、文字の教本だった。
中身をみると、文字や数字の読みと書き方が分かりやすく書かれている。
短い文章が、可愛い絵と一緒に書かれていて、絵本のような親しみやすさも感じた。
「アシュレイとネレイナには本だって」
アシュレイは目を輝かせて、両手で受け取る。
「……ありがとう」
「分からないところは、みんなで一緒に考えようね」
アシュレイは二階の子ども部屋へと本を置きにいった。
ネレイナは残念ながら不服そう。
「お勉強用の本……食べ物でいいんだけどなーー」
「子供たちの識字率を上げたいんだって! 新しい女王様はみんなを育ててくれるんだよ」
箱をごそごそと調べていたローレンツの尻尾が、勢いよく動いた。
「あ! ちっさい木が入ってる」
ローレンツの手に、小さな果樹の苗があった。
「なあ、ラファエルさん、これ何の木?」
よく見ると、木には白いタグのようなものが付いていた。
それをラファエルさんが読み上げた。
「これは……林檎、だな。赤くて丸い実がなる」
「たべもの!?」
お腹の音とともに反応したのはネレイナだ。
ローレンツは貰ったノートと絵具を机に置くと、そわそわとラファエルさんに話しかけた。
ネレイナと二人で尻尾をぶんぶん動かしているから、興味津々の様子だ。
ネレイナも別の林檎の苗を持ち出し、畑に運ぶ気満々だ。
「これ、いつ植えるの? 植えたらどれくらいで食べれる?」
「今植えたら何日で林檎の実になる? 明日には食べれる?」
二人とも食欲旺盛だからか、もう実を食べるイメージでワクワクした表情をしている。
「林檎は全部で四本か。今日植えたとしてーー実がなるには四年か五年かかるだろうな」
四年後のみんなを想像する。
ネレイナとアシュレイが12歳。
ローレンツが11歳。
双子が10歳。
トトは4歳。
私は21歳ーーそう思いかけて、気付く。
(……私は、歳をとらない)
城を出る前に知らされたこと。
私たち三人の能力を覚醒させるときに起きた体の変化。
能力がある限り、不死ではないが不老なのだと。
そしてーー繁殖するための機能は、壊されていることも。
能力がある間は、私はこの子たちと一緒にいられる。
長命なラファエルさんとも生きられる。
でも、能力の上限がわからない以上、いつまでかがわからない。
消える日の不安を抱えながら生きるしかない。
いつの間にか思考の海に沈んでいた私の肩を、そっとラファエルさんの手が触れた。
「みんな畑に走っていったぞ。俺たちも行かないと」
「……そうですね、今日のお洗濯が大変になっちゃう!」
私は気持ちを切り替えて、運べなかった苗が入った木箱を抱えて立ち上がった。
ラファエルさんも三つの木箱を同時に持って歩き出した。
+ + +
「どこに植えようか!」
「畑の隅? ほかの果物と一緒のとこにする?」
「場所を決めて果樹園にしようか!」
畑につくと、子どもたちが話し合う姿が見えた。
果樹園。
その響きにわくわくする。
小さいころ、家族で林檎狩りに行った思い出がよみがえる。
「果樹園って素敵ね。今あるのは苺に似た味のベリーの木と、サクランボの木だから、そこに林檎が加わると可愛いだろうなぁ」
頭のなかは、もうアップルパイでいっぱいになったのは内緒だ。
「成長すると俺の背を軽く超える品種だから、植える間隔を考えないとな」
子どもたちとラファエルさんが、苗を順番に植えていく。
二本植えたら満足したのか、子どもたちは畑を走り回っている。
私は野菜の苗を植えながら、ラファエルさんや子供たちを眺めた。
ネレイナとローレンツが楽しさのあまり興奮気味にはしゃいでいる。
そろそろ止めないと危ないかも。
そう思って声を掛けようとした瞬間、ローレンツが前のめりに転んだ。
「ローレンツ!」
私は思わず駆け寄った。
顎から転んだせいか、顔と脚がすりむいていた。
顎は少し血がにじんでいる。
「茜ぇ、痛い……」
ローレンツの目は涙目だ。
「大丈夫? びっくりしたね。土の上だからこの程度の怪我で済んだけど……」
私は顎と膝に手をかざし、祈る。
土の中には破傷風菌がいるから気をつけなってお婆ちゃんから言われた。
この土がどうかは分からないけど、痛いのは嫌だから。
背後からゆっくりと土を踏む音。
背中から感じる視線は、多分ラファエルさん。
その手が、私の手に触れた。
手から感じるのは、相変わらず優しくて暖かい魔力だった。
「茜、今のは使うほどじゃない。傷の手当てをすれば十分治せる」
それは、きっとその通りなんだろう。
「でも……」
「お前が削れる」
ラファエルさんは私を心配してくれている。
それでも、私はこれからも使ってしまうと思う。
「大事な子どもたちですもん」
私は笑顔で答えた。
ラファエルさんの表情は真剣そのものだった。
「……無理はするな」
そう言って、一度だけ私の手を強く握り、離した。
座ったままの私の頭に軽く手を置いてから、また果樹の苗を植え始める。
たくさんあった野菜の苗は、みんなが植えてくれた。
遊びたい気持ちがあるはずなのに、みんな私の近くにいた。
転んでけがをしたローレンツは、私を心配して隣から離れなかった。




