第三話 緊急子ども会議
泣きつかれて眠るみんなを二階に寝かせ、私とラファエルさんは食堂で話をしていた。
トトはミルクの時間もあるから、ラファエルさんの腕の中で寝息を立てている。
「さて……さっき畑からネレイナの泣き声が響いてましたけど、任せたのになんでさらに泣かせたんですか」
私は理由が知りたかった。
泣いて駆けだしたネレイナが、あんなに激しく泣いた理由。
「……っふ」
ラファエルさんは口元に手をやり、しまったという表情をしている。
「こんなときに何笑ってるんですか……」
思わず私の目が座る。
そんな私の貌を見て、ラファエルさんはまた小さく肩を震わせた。
そしてすぐ降参とでも言うように片手を上げる。
「すまない。ネレイナの泣き顔が……あまりにも子供らしくて」
確かに。
ネレイナも子供たちも本当に可愛い。
本人たちが真面目にしていても、愛しさが溢れてぎゅっとしたくなる気持ちは十分理解できる。
「それは、仕方ないですね。私もさっき可愛くて抱きしめそうになったから、同罪です」
私たちは互いに視線を合わせ、さっきの子供たちの表情を思い出す。
「それにしても……アシュレイ、どうやって傍にいたら寂しさに寄り添えますかね」
ラファエルさんは考えるように目を閉じた。
「……茜は? 茜の国や仲間は……。多分お前が一番アシュレイに近いと思う」
私や横山さんと市橋さんは、かつてこの国が地球と呼ばれていた頃の産物に過ぎない。
日本はもう存在しないし、家族はーー多分どこかに化石としてあればいい。
「どうでしょう……私は戦争を知らないんです。多分みんなまとめて滅亡したみたいなので。あったものを失う感覚というより、起きたら突然知らない世界だった。だから……国を失う悲しみや死別の苦しみも、簡単に『わかるよ?』なんて言ってあげられないんです」
ラファエルさんは席を立ち、私の隣の椅子に腰を掛けた。
「すまない、俺はまた言葉を間違えたか」
そう言って、一瞬迷うように視線を落としてから、私の肩にそっと頭を乗せた。
私はその頭を思い切り撫でたい衝動に駆られた。
(……ずるいなぁ)
二度、三度と深呼吸して「大丈夫ですよ」と笑った。
「最近は子供たちのお世話で大変なんです。悲しいとか、寂しいとか考える前に疲れて寝ちゃいますから」
その言葉に、ラファエルさんは微笑みを返してくれた。
至近距離の微笑みは、心臓が止まりそうになることが分かった。
+ + +
「みんな、しーーっだよ!」
二階の寝室でお昼寝から覚めたネレイナは、寝ている子供たちを順番に起こした。
アシュレイはネレイナの動きに気づいて起きていたのか、布団を畳んで床に座った。
「んにゃ……、ネレイナ? おはよお」
「おはよ」
ピノとノワールは寝ぼけまなこで挨拶をする。
「ふわぁ、よく寝た。んで? 何すんの?」
ローレンツが周りを見渡す。
ネレイナは立ち上がり、腰に手を当てて宣言した。
「今から、子ども会議を始めます!」
「会議?」
「なにそれ?」
「つまんなそうーー」
三人からは文句が出る。
それでもネレイナはアシュレイを見つめて言葉を続けた。
「アシュレイ、私たちだけじゃダメな気がするの。……ちゃんとお話ししよ?」
ネレイナの耳は自信なさそうにぺたんとしている。
その姿に、アシュレイは頷いた。
「ええと、まず誰が悪いか……これは、わたしがダメな言葉を使いました、ごめんなさい」
ネレイナはアシュレイに向かいぺこんと頭を下げた。
アシュレイは慌てたように首を振る。
「ネレイナ、違う。僕が悪い、ここを家じゃないって言ったから」
アシュレイの言葉に、ネレイナは言い返す。
「違うの! 私なの、私がダメな子なの」
「違う……」
「違わないっ!」
「違うよ……」
「違わないのっ!」
二人の目にまた涙がこみ上げた。
それを見たローレンツが呆れたように言う。
「なら、どっちも悪い! それでいいんじゃねーの?」
「そだね」
「そうしよ、そうしよっ」
双子も笑顔で同意した。
ネレイナは泣きそうな顔で頷く。
「そうする。私もアシュレイもダメだった、ごめんね」
アシュレイもこぼれた涙を手で拭うと小さな声で言った。
「僕も、ごめんなさい」
アシュレイは唇を震わせ、ゆっくりと話し出した。
「ネレイナが言ったのは正しいと思う。僕にはもう帰る国も待ってる人もいない……」
「戦争に、負けたから?」
誰も言葉を返せず、みんな黙り込んだ。
「僕の国がこの国を相手に戦争した。結果はネレイナが言った通りなんだけどーーそれなのにこの国の人が助けてくれる」
アシュレイは自分の身体をぎゅっと抱きしめた。
「そんな僕がここにいていいか分からない。だから、早く出て行かなくちゃって……」
声はだんだんと涙声に変わる。
すんすんと鼻をすすりながら、気持ちが零れる。
「みんな優しくて、本当の家族ならいいっておもうたび、いけないことみたいでーー」
どしんっ!
ネレイナがぶつかるようにアシュレイを抱きしめた。
「家族だもん! みんな家族だってラファエルさん言ったもん!」
ネレイナの顔はまた涙でぐちゃぐちゃになっていた。
それを見た双子とローレンツの目にも、涙がぽろぽろと零れ始める。
「みんな泣かないでよう、目が真っ赤になっちゃうよ?」
そう言ってネレイナの頬をぺろぺろと舐めるのはノワール。
「ほんとだよ、アシュレイの綺麗なおめめも真っ赤よ?」
頭を撫で続けるピノ。
ローレンツが鼻を赤くしたまま両手を広げて言う。
「よし、みんな! ぎゅーってするぞ」
全員が飛びつくようにローレンツを押し倒した。
そして、部屋には笑い声が広がった。
「なら、みんな家族だからね? 子ども会議は終わりね」
ネレイナが泣いたまま笑う。
アシュレイもまた、子どもらしく歯を見せて笑った。
+ + +
そんな一連の流れを、私たちは扉の隙間から見守っていた。
なぜ気づいたかと言うと、ネレイナの声が大きすぎたからだった。
「今から、子ども会議を始めます!」
の声は、一階まで響き渡った。
私たちは、そっと扉を緩め、その隙間から洩れる声を聴いていた。
子どもたちが泣き出したとき、飛び込んで抱きしめようと思った。
でも、ラファエルさんの腕に掴まれた。
ラファエルさんは首を小さく横に振り、見守ることを選択した。
子どもたちの話し合う言葉に、何度も泣いてしまう。
鼻をすする音を立ててしまったときは、トトを抱くラファエルさんの胸に抱え込まれた。
解決したのを見計らって、私たちはそっと一階に戻った。
「私たち、教会のみんなで家族ですもんね」
うんうんと頷きながら泣く私の前に、温かいお茶が入ったマグカップが置かれた。
「飲め」
私はマグカップを両手に持ち、ふうふうと息を吹きかけた。
「それにしても、さっきのローレンツ……」
ラファエルさんが私を見て話しだす。
「ぎゅーってする、か。……っふ」
そして小さく噴き出した。
(笑われてる?)
思わず私の目が座る。
ラファエルさんはこらえきれず「ははっ」と声を出して笑った。
そんなラファエルさんは珍しくて、思わずわたしも笑ってしまう。
「ーーお互い笑っちゃったから、同罪です」
「そうだな、喧嘩するなら『会議』だな」
子どもたちの真似をして、くすくすと笑った。
二階の子供たちは、みんなでお団子のように固まって寝息を立てていた。




