エピローグ ある日の教会にて
その日は朝からよく晴れていた。
雲一つない晴天だ。
教会横にある畑も数を増やし、今では町民で協力し合い近隣の街に出荷できるようになった。
朝から手を休めることなく収穫していたラファエルは、行き交う町人や旅人の姿に目を細めた。
みな、悲壮感はない。
穏やかに会話を交わしている。
聞こえてくる言葉は、女王を讃える声と、宰相への信頼だった。
そして、女王が新たに設けた障害を負った兵士への補償や、戦災孤児や寡婦に対する法律の評価だった。
国関係なく孤児となった子供を引き受けるということに対する反発はさぞ強かっただろう。
自分の利を削ってまで動くような連中ではなかったはずだ。
しかしあのエカテリーナは押し通した。
そのために、宰相が王を守る壁となる。
(まさか、あいつらに背を預ける日が来るとはな)
収穫する手を止め、王城の方角を見た。
目を合わせることさえなかった自分たちが、たった三人の人間に変えられるとは、思いもしなかった。
畑の隅で狼獣人のネレイナはミミズを捕まえて並べている。
その弟であるトトも、ようやく一人で座れるようになった。
ネレイナが並べたミミズにビクビクとおびえた様子だ。
ラファエルは口角を上げた。
「ネレイナ、トトを泣かすな」
声を掛けられたネレイナは、ばつの悪そうな顔をする。
「だってぇ、いっぱい並べたら面白いんだもん」
「ほら、穴を掘ってちゃんと戻せ。こいつらがいい土を作ってくれるんだから」
「どうやって? どうやってミミズが土を作るの?」
(ーーしまった)
ラファエルは後悔した。
ネレイナは今、知識に対する欲求が強い。
疑問が湧くと、納得するまで質問をやめない。
「なんで? どうやったらミミズがいい土になるの?」
ミミズを掴んだままラファエルの足元にしがみついてきた。
トトも片手にミミズを掴んで這ってくる。
服が土にまみれて大変なことになっていた。
(このままだとあいつに叱られるな……)
ラファエルは軽くため息を吐いた。
「質問にはちゃんと答える。まずは手からミミズを離せ」
二人を持ち上げ、頭から魔力で溜めた水を被せる。
二度三度と水を掛けていたら、教会の入り口から駆けてくる足音が聞こえた。
「こらーーっ!!」
確実に叱られる。
しかし、その変わらない声に、どこか安堵した。
ーーあぁ、帰ってきたのだと。
「なにしてるんですか、ラファエルさんっ!! 子供たちが風邪ひいちゃうでしょう?」
茜が水浸しのトトを抱きしめた。
「土で汚れていた……」
「言い訳しないっ! そういう時は、即お風呂でいいんです」
「しかし服も土で……」
「洗濯します!!」
ラファエルは苦笑した。
茜はここに来て随分たくましくなったように思えた。
ネレイナの髪をエプロンで拭く姿に、穏やかさを感じる。
思わず眺めていると、茜の目が呆れたように平らになる。
「そんな顔しても、後でお説教ですからね」
茜はトトを連れて先に教会へと戻っていった。
そんな顔と言われても。
そう首を傾げていると、足元のネレイナが両手を上げた。
ネレイナの脇に手を入れ、抱き上げた。
服が水浸しのままだが、日差しが温かいので大丈夫だろう。
そうラファエルが見つめると、ネレイナが笑う。
「またそんな顔するー。茜に叱られても仕方ないよ?」
「叱られるほどの顔か?」
その返事が面白かったのか、ネレイナは両手で口元を隠してくすくすと笑った。
小さな手がラファエルの頬に触れる。
「叱られたなら、ちゃんとごめんなさいの顔しないと! 笑ってたらもっと叱られちゃうよ」
笑っていた。
茜や子供たちを見て笑っていたことに驚いた。
ここに来て変化したのは茜だけではなかったらしい。
気づかぬうちに、自分も笑えるようになっていたのか。
ラファエルはネレイナに魔力を流し、服を乾かした。
ふわふわと柔らかい尻尾を揺らしてネレイナが笑う。
「もっと早く乾かしてくれたら、叱られなかったのにねぇ」
「……そのつもりだったんだが、茜の動きが早すぎた」
二人で顔を見合わせ笑う。
ネレイナは明るい声で。
ラファエルは静かに微笑んだ。
ーー穏やかな日常の中で。
そのまましばらく二人で収穫を続けた。
ネレイナが楽しそうに芋を引っこ抜いていく。
取りそびれたものは、ラファエルが広って籠に入れた。
楽しそうに揺れる尻尾が、また土で汚れていく。
それでも、茜ならきっと「仕方ない」と笑って風呂に入れるのだろう。
掴んだ芋を眺める。
大人のラファエルの片手で掴めるほど大きな芋。
この芋が、町民の胃を満たす。
芋だけでなく、隣に見える葉野菜も。
川でとれる魚や、小屋で採取できるようになった牛の乳や鳥の卵も。
「ラファエルさーん、ネレイナーー」
茜が昼食を片手にこちらへ歩いてくるのが見えた。
その背中に背負われたトトは、きっと寝息を立てているのだろう。
道を行く旅人がまた「今の王も、宰相もいい人だ」と笑顔で噂している。
ネレイナは茜に向かって泥だらけのまま駆け出した。
雲一つない空の下、城の方角を見てラファエルは笑う。
「兄さん、姉さん、こちらは毎日忙しい。そちらはどうだ」
王城編 了




