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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第六十一話  即位前夜

エカテリーナは塔に戻ると、全ての侍従を下がらせた。


執務室に一人。

魔力を蜘蛛の糸のように張り巡らせ、周囲に誰もいないことを確認した。


椅子に深く腰を掛けると、深く息を吐いた。


「わたくしが、王……」


ぽつりと吐き出した言葉に、応えるものはいない。

エカテリーナは靴を脱ぎ、椅子の上で膝を抱え込んだ。


玉座の間で見せなかった揺れる視線。


(務まるだろうか)


小さな自問と、湧き上がる弱音。

エカテリーナは傍にあるもう一つの机に視線を向けた。


机の上に敷かれた布と、その上に詰まれた沢山の欠片。

あの日、自分を守って崩れた唯一の騎士。

そして、その欠片の横に飾られた一輪挿し。



(……怖い)


誰にも聞こえないほど小さな本音が、胸の奥に落ちた。


逃げ出したいわけではない。

けれど、背負うものの重さを知ってしまったからこそ、足が竦みそうになる。


エカテリーナは自分の机の横に置かれた棚を見る。

汚れたぬいぐるみと、欠けた木剣。

守れなかった弟妹たち。


失ってしまった数多くのもの。



(それでも、この手で守ると決めたのはーー私だ)



エカテリーナは素足のままその机に歩み寄り、欠片を一つ、またひとつと手に持って比べた。

片手で握って包み込める程度の大きさで、一番形のいいもの。

やがて、エカテリーナはようやくこれだと思える欠片を見つけ出すことができた。


その欠片は、ただの灰色の石にしか見えない。

けれど、市橋の遺した大切な欠片だった。


エカテリーナは、そのひとつをゆっくりと研磨した。

最初は目の粗い道具で、ひたすらに角を丸くする。

表面の傷を、丁寧に滑らかにしていく。


「……いたっ」


研磨剤を付けたやすりで指を削るのは何度目だろう。

左手の爪まで不格好に削られている。

エカテリーナは思わず魔力を使いそうになった。


(魔力を使えば、あっという間に完成できそうなのに)


自分の不器用さに嫌気がさす。

それでも、エカテリーナは手元の欠片が少しづつ磨かれていくことに満足していた。


あれから何時間も経っているのに。

エカテリーナは睡眠を諦めた。


この焦りは、翌日に即位式をする、そんな無茶すぎる伝令が届いたせいだ。

手の中の欠片は、あとどれくらい磨けば満足いくものになるだろう。


「簡単に思い通りにならないのは、本人そっくりね」


エカテリーナはそう独り言ちた。


こり、こり。


ごり、ごりっ。


ざりざりざりざり……。


エカテリーナの部屋に音だけが響き続けた。



欠片を削るたび、その形が整っていくたびに、エカテリーナの指はぼろぼろになっていた。

指先からは血が滲んでいる。

エカテリーナはそのひりひりとした痛みにため息を吐いた。



「不器用だったのね、私は……」



エカテリーナは何度も自分の不器用さに呆れながらも、磨き続ける。

部屋に陽が差し込み始めたころ、ようやく欠片は丸く滑らかになっていた。


エカテリーナは欠片に向け、一度だけ細い魔力を流し込んだ。

一瞬で貫通した魔力の跡に、丁寧に飾り紐を通していく。


思ったように結ぶことができず、そこからまたしばらく苦戦したが。


「できた! やるじゃない」


完成したのは、ただの丸い石の無骨なネックレスーーのようなものだった。

それでもエカテリーナは満足だった。


紐に首を通し、長さを調節する。

机から手鏡を取り出し、位置を見る。


胸を飾る欠片に向けて、エカテリーナは話しかけた。


「私は、今日からこの国の王になる」


鏡に映るのは、不安げな自分の貌だった。

エカテリーナは、目を閉じる。

生意気な騎士が、エカテリーナに遺した言葉を思い出す。


『笑えよ。お前は、笑顔が綺麗なんだから』

不快ではない生意気な言葉と、穏やかな柔らかさを含んだ低い声。



エカテリーナの目元に、じわりと熱がこもる。

顔を振り、こみ上げる涙を堪えた。

そして、無理やり口角を上げる。


鏡の中のエカテリーナは、笑えていた。


(……生意気だわ、笑顔を見続けてもくれないくせに)


胸の欠片を握りしめ、呟く。


「お前が居てくれたら、生意気だけど最高の右腕だったでしょうね」


掌の欠片の感覚を確かめながら、そっと胸に抱きしめた。



一睡もしていない瞳に、朝日がやけに沁みた。

それでも、昇っていく太陽を見つめながら、エカテリーナは王となる覚悟を、静かに胸に落とした。

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