第六十話 約束の隠者
クロードは新王となるエカテリーナ、宰相を引き継ぐシグルド、そしてラファエルらにその場に残るよう伝え、部下を全て下がらせた。
シグルドはクロードを見つめ、エカテリーナもまた何かを考えているようだった。
ラファエルがクロードに向け口を開いた。
「……俺たちにお前の命を狩らせるなよ?」
「あら、ラファエルも気づいていたのね。その通りよ、王として即位する初めての仕事が処刑ならお断りだわ」
エカテリーナが扇子をクロードの胸に突きつけた。
「……今すぐに、というわけではない。シグルドに全ての引き継ぎを終えてからにはなるだろう」
シグルドは思わず苦笑した。
「そう言われると、意地でも引き継ぎを遅らせたくなるな」
シグルドは腕を組み、柱にもたれかかる。
ギルベルトの三人の子に見つめられ、居心地の悪さを感じるとは思わなかった。
クロードは肩をすくめる。
「俺を生かすと不満を止められぬだろうよ。先王を諌めず、民からは無能の宰相だと思われている」
あぁ、とエカテリーナは声を上げる。
「そんな恩知らずの民には何も施さねばいいのよ。あの王の元で民が生き残れたのは、クロード、貴方が最後の一線を守り続けたからだわ」
「無能どころか、国の崩壊を耐え切ったというのにな」
シグルドも笑う。
「お前の能力は、この場に立ったものならば十分理解している」
ラファエルも深く頷く。
「だからこそ、生きろ」
シグルドはクロードを見つめた。
「……責任を、取らねばならない。民の憤りは理解している。国の安定させるためにも、女王であるエカテリーナの最初の仕事として、彼らの前で私を殺せ」
そう言い切ったところで、クロードの足元にエカテリーナの扇子が床に投げつけられた。
「お前は、平和な治世のために即位の祝いに血を流せと言うの? お前の責任というのは、死んで逃げることなの? そんなもの、何の役にも立たないわ!」
大声で一息に言い切ったからか、エカテリーナは息が上がっている。
しかし、と口を開きかけたクロードを、エカテリーナの声が制する。
「責任を取るというのならーー生きて、私たちを見届けなさい!」
その声が、玉座の間に響き渡った。
「もし……あの父のように、愚かな王へと堕ちたなら、その時は選んだお前が責任もって私たちを処刑しにいらっしゃい」
そう簡単に殺されるような世界にはしないけどーーと妖艶に笑った。
その笑みをクロードは眩しく思った。
かつての王が即位した時に感じた、それ以上の何かを確信する。
クロードはその場に立ちつくし、シグルドに肩を叩かれ、ラファエルの掌にそっと背中を支えられた。
(彼らは、孤独ではない)
きっと、大丈夫。
「この国を、頼む」
クロードは三人向かい、深く頭を下げた。
「前宰相の貴方に、そんな当然のことで頭を下げられるなんて不快だわ! この先を楽しみに生きなさい、これからは首を垂れる暇なんてなくてよ」
扇子で口元を隠し、高笑いする。
「お前は……その笑い方は人前でするなよ? まるで悪事を企んでいるようだからな」
シグルドは呆れたような表情でそっと額を抑えた。
「お前も、無言で眉間に皺を寄せるなよ? 威圧感があるからな」
ラファエルにそう言われ、シグルドは顔を顰めた。
そんな彼らのやり取りが、クロードにはただ眩しかった。
「ならば、まずはお前に引き継がねばな。ギルベルトと俺の行った八百年近い記録の全てを」
その年数を振り返り、クロードはそっと目を閉じた。
ギルベルトが王となってから、穏やかに過ごした時間は何年あっただろうか。
短すぎた優しい時間の記憶は薄れている。
しかし、若き王となって玉座に座った時の眩しさは、昨日のように思い出すことができた。
王になって、いつから壊れたか。
壊したのは誰だったのか。
彼らが辿る未来が、そうならぬよう、今一度見守る覚悟を決めた。
「さて、即位式の準備を始めるか、シグルド。忙しくなるぞ」
クロードはシグルドの背中を叩いた。
「まずは衣装だな。あれでは威厳も何もあったものではない」
「そこは同感だ。お前はもう少し恥じらいを持った方がいい」
シグルドとラファエルに服装を窘められ、エカテリーナは不満そうに言い返す。
「二人の好みはどこか似ているものね、でもおあいにく様。わたくしに清楚な格好は似合いませんの。この顔を十分に活かせるドレスを手配してくださいませね、お兄様」
「ラファエルも、あの子の衣装を用意するのを忘れないように。即位式くらい見届けられるのでしょう?」
有無を言わせないその言葉に、ラファエルは了承した。
「見届けたら、茜とともに教会の街へ行く。俺たちはそこで生きていくつもりだ」
シグルドとエカテリーナは、互いに顔を見合わせ、ラファエルの言葉を受け入れた。
そのやり取りを静かに見続けたクロードは、シグルドを連れ宰相の執務室へと移動した。
エカテリーナとラファエルは、ひとまずそれぞれの塔へと戻っていった。
クロードは魔族よりも遥かに長命なエルフの一族。
その中でも、稀有な存在として忌み嫌われたダークエルフの自分が、隠者となって彼らの生を見届けよう。
そう、静かに心を決めたのだった。




