第五十九話 それぞれの選択
王の葬儀は行われなかった。
城から十二回の鐘の音が鳴り響いたことで、王の死は伝えられたが、ただそれだけだった。
死んでいった王も、宰相クロードさえもそれを望まなかった。
理由は「つまらないことに金を使うな」という遺言だったが、本人が見られぬものに意味を見いだせなかったのだろう、そうクロードは理解している。
宰相としての最期の役目は、新たな王を指名すること。
シグルドは現在の継承者たりえるものを玉座の間に集めた。
玉座の前に並ぶのは、王の子である三人ーーシグルド、エカテリーナ、ラファエルだった。
ラファエルは玉座を望んでいないと知っているが、彼も、国の上に立っていた者の血族として納得してもらわなくてはならない。
眉間に皺をよせ不機嫌さを隠さないラファエルに歩み寄り「僅かな時間だ、耐えてくれ」と囁いた。
ラファエルはこくりと小さく頷いた。
改めてクロードは玉座の間を見渡した。
かつての王の重鎮、と呼べるものは自分を除いて誰一人いない。
(ギルベルトの短慮で入れ替わりの激しい地位だったからな)
クロードは思わず苦笑した。
その顔を見たシグルドが「早く始めろ」と視線で促してくる。
下に並ぶ部下たちもざわつき、待たされることに不満げな様子だった。
クロードは全員を見渡して声を上げた。
「これより、王の選定に入る」
ざわめきは一層大きくなった。
自分が、と立候補するものなど一人もいない。
上に立てば必然的に命を狙われるし、仕事も責任も増える。
そんな椅子に座るくらいなら、殺されない程度に部下でいた方が楽に生きられる……それが本音だろう。
先王が死んでから、昨日亡くなった王の治世が八百年近く続いたのは、誰も王を殺せなかっただけだ。
圧倒的な魔力で、老いを待つほか無かった。
それでも、まだ王の子供が生きている。
魔力量は王より弱くても、三人もいたら倒せない。
部下たちの視線からは、そんな感情が隠しきれていない。
「シグルド様はどうだ」
「それはいい! あの争いの前は継承権第一位だったのだから、その座に戻してはどうか」
「確かに、姿も一番王に似ておられるし、魔力もこの国筆頭だ」
「不満はない、次の王はシグルド様だ!」
シグルド本人を差し置いて、勝手な意見が進められていく。
目を閉じ、静かに耳を傾けている様子のシグルドの顔を、クロードは見つめた。
その視線を感じ取ったのか、シグルドはゆっくりと瞼を開けた。
「俺は、王にはならない」
低く穏やかな声が広間に響く。
反論しようとする部下を、シグルドの手が制した。
「お前たちが言ったな、俺が一番王に似ている、と。だからこそ、俺は王になる気はない」
言い放つ声に、部下たちは静まり返った。
「ならば」とクロードは訊く。
「ならば、お前はどう生きる?」
真っすぐな瞳で、シグルドを見つめた。
クロードはその視線を逸らさず受け止めた。
「俺はーークロード、お前の後を継ぐ」
クロードの眉がぴくりと動いた、しかしその口角は上がっていた。
部下たちからは決して見えない位置だからこそ、口元を緩めることができた。
クロードはシグルドに近づき、宰相として生きる前から使っていた杖を手渡した。
「宰相として王から下賜されたものなど何もなかった。ゆえにお前に渡せるものがない、これで我慢しろ」
そう小声で伝えると、シグルドは「託された」と目元を緩めた。
「残るは王だが……」
クロードが部下に向き直り声を上げたその時、ラファエルが口を開いた。
「俺は市井に下る。その意思を曲げる気はない」
ラファエルの目が、エカテリーナを見つめた。
シグルドもまた、妹であるエカテリーナを見つめる。
エカテリーナは扇子で口元を覆っているが、眉間に皺を寄せて不服そうだった。
「エカテリーナならば、無駄に民を苦しめる王にはなるまいよ」
シグルドが言う。
「確かに。エカテリーナであれば、必要悪を理解しながら、最大限に救う道を模索するだろう」
ラファエルも頷いた。
エカテリーナは、静かに肩を震わせている。
その表情は扇子で隠されているが、クロードは幼いころのエカテリーナを思い出していた。
(自分の意にそぐわないことがあると、こうして俯いて肩を震わせていたな)
横から見える耳が赤くなっている。
照れているわけではなく、どうやら怒っているらしい。
「二人の継承者からの推薦だが、どうする、エカテリーナ?」
クロードの声が響いた。
立場を押し付けあっていた部下たちからは、何の異論もないらしい。
「拒否することもできるが」
そう耳元で呟いて、クロードはエカテリーナの決断を待った。
静まり返った広間に、小さなため息が聞こえた。
やがて、エカテリーナが顔をあげ、シグルドを見つめた。
「お兄様、途中で惜しくなってわたくしの命を狙うのだけはお止めくださいね」
そして、ラファエルに向き直り言い放つ。
「市井に下っても、必要な時には命令を下します。いいわね?」
シグルドもラファエルも、口元を緩めて頷いた。
「お前の治世を我が魔力で支えよう」
シグルドが微笑んだ。
「民のために必要なことがあれば、考えよう」
ラファエルは真顔で答える。
その言葉に片眉を上げ、呆れた様子でエカテリーナは笑う。
「ラファエル……そこは『考える』ではなく『約束する』でしょう?」
エカテリーナは扇子を折りたたみ、クロードに向き合う。
クロードは顎に手をやり考えた。
代々王の頭にあるべき王冠がなかったせいで、エカテリーナの決意に対し渡せるものがない。
シグルドには自分の愛用していた杖を託したが、初めての女王となるエカテリーナにも何かを渡してやりたかった。
エカテリーナはそんなクロードを見つめ、小さく首を傾げていた。
待たせるわけにもいかない、そう思いクロードは自らの耳にある耳飾りを外し、エカテリーナに手渡した。
「二つあるが、それぞれ一度だけ命を守ってくれる。王になるなら必要だろう」
エカテリーナは瞠目し、両手でしっかりと受け取った。
「お兄様が宰相になるのだから、私がこれを使う日は来ないわね。でも、ありがたくいただくわ」
「お前の治世が続くことを願っている」
クロードはエカテリーナに微笑んだ。
「新たな王はエカテリーナ、宰相はシグルドとする」
そう高らかに宣言し、選定の儀は幕を下ろした。




