第五十八話 喪失
道具の一人であった茜と呼ばれた少女が、玉座を「こんなもの」と言い放った。
その言葉を思い出したのか、王はひとしきり笑った後、周囲の部下に言い放つ。
「誰も俺の命に挑んでくるやつはいないのか……つまらん。子どもと道具にすら劣るか、お前らは」
冷ややかな目ですべての部下に視線を投げる。
しかし、その視線を受けようとするものは誰一人存在しなかった。
「仕方ない、まだ俺が座るしかないのか」
王は玉座に前かがみに座り、ひじ掛けに片肘を預けて顎に手をやる。
虫でも追い払うようにその場で手をひと振りし、全ての部下を下がらせた。
「つまらない……実につまらない」
そう繰り返す言葉を聞かされながら、宰相クロードは静かにため息を吐いた。
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事態が動いたのは、その翌日だった。
全ての部下が、再び玉座へ招集された。
そして、誰もがこの異様な光景に口を開くことができず立ちすくんでいる。
張り詰める部下の空気を感じていないのか、王は今までになく興奮していた。
笑顔で両手を天井に掲げ、隣の椅子に座るクロードへと見せつける。
「この手を見ろ! 皺がある。顔にもほら、こんなにも深く刻まれるものなのだな」
楽し気にそう話す王の身体は、たった一日で老化していた。
クロードは静かに告げた。
「その身体は明日で1000年目だったのか。……種族として迎えるお前の死だ」
クロードの言葉などまるで興味がないようにはしゃぎ続ける王の興奮は冷めやらない。
「クロード、俺の顔を見てみろ、これがシミというやつか! 髪などもほら、こんなにも真っ白だ!」
自分の長い髪から色が失われたことを「興味深い」そう何度も繰り返し子供のようにはしゃぐ王をクロードは止めなかった。
玉座の間を楽しそうに歩き回るその表情には、数百年見られなかった輝きがあった。
部下たちは、目の前を楽しそうに何度も横切る老いた王に戸惑いを隠せない様子だった。
「はははははっ、身体が痛い、たかがこれだけ歩いただけで息が切れるのか! ……そうか、俺にもようやく寿命が訪れたか!」
肩で激しく呼吸する王から、久しぶりに感じられる生の喜び。
部下は静かに怯え、クロードはただ瞳を閉じた。
「あまりに長すぎて歳を数えるのを忘れていたが……クロード、俺はようやく死ねるぞ! 棺を用意しろ、寝心地のいい上質なものを準備せよ」
その姿は、あまりに哀れに見えた。
(そんなにもこの日を望んでいたのか、ギルベルト)
「まずは女か! 次は酒か? やり残す事が無いよう、今夜は享楽にふけるぞ! 混ざりたければ混ざるがいい」
そう高らかに上がった声は、玉座の間に響くことなく、しわがれて、消えていった。
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翌日、城の地下にある王族の殯の間。
死は等しく尊いものとされ、祭壇は華やかに飾られる。
中央の黄金の台の上には、ギルベルト自らが望んだ真っ黒な棺が置かれていた。
クロードは、壇の下でその時を待っていた。
目の前に置かれた棺の中で、はしゃぐ声がする。
「クロード、そこにいるか? 身体が動かなくなってきた」
クロードは、穏やかな声で返す。
「聞こえている」
しばらくすると、また棺から声がかかる。
「クロード、そこにいるか? 棺の蓋を閉めたのか?」
クロードは棺に触れていない。
蝋燭の灯りが、棺を照らし続けていた。
「開いている、蝋燭はお前を照らしているぞ」
「クロード、そこにいるのか? 俺の目が見えなくなったのか……真の暗闇とはこういうものか」
声は次第に小さくなり、言葉も弱々しいものに変わっていく。
クロードは、ただ棺を見つめ続けた。
「クロード、何か話せ」
クロードはしばらく目を閉じ、語り始めた。
「お前に初めてあった時を覚えているか? お前はまだ子どもの姿で……私を見て『花嫁にする』と言い張ったな」
「あぁ、お前ほどの美しさは家族の誰にもいなかったからな」
くつくつと、棺から低い笑い声が聞こえた。
「最期に教えてやろう、エルフには性別の概念は存在しないんだ。……なりたい性別を選べるのだよ」
ギルベルトには見えないだろうが、クロードはそっと口角をあげる。
その答えに腹を立てたのか、棺から不満げな声がした。
「クロード……、俺の気持ちを知っていながらそれか。お前ならば、唯一の妃にできたものを」
クロードは、何も応えなかった。
静かにギルベルトの声を聞いた。
「クロー……ド……、傍にいるか」
「あぁ、ちゃんと見届ける」
「…………」
やがて、何も聞こえなくなった。
クロードは、棺に花を一輪入れ、蓋を閉じた
「穏やかに眠れ。我が弟子であり、あまりに優しく、弱く、壊れていった愚かな王よ」




