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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第五十六話  循環

ラファエルさんの身体を貫いていたのは、赤く濡れた王の腕。


王は慈愛に満ちた表情で、貫いた腕が背中を抱く。

まるで、心の底から愛しいと言わんばかりの表情で……。


「……うっ」


ラファエルさんの低い呻き声。


私は目の前の光景に、口をはくはくと動かしたが、叫び声すら絞り出せなかった。


「ラファエルさんっ、ラファエルさんっっ!!」


震えながら彼の名を呼ぶ私を、王はラファエルさんの身体を抱えながら笑う。

ラファエルさんの身体が、王の身体にもたれるように傾く。

自分の足で立てない状況なのだと理解するまでに、時間は掛からなかった。


「欲しいか? くれてやる」


王は、ラファエルさんの身体からずるりと腕を抜いた。

そして、荷物を放るように私に向かって体を押した。


ぐらりと力なく傾く体。

王の手に握られた赤い塊。

どくどくと脈打つそれは、私たちを動かす大事な「心臓」だった。


「っか、返して! それを返してくださいっ!」


私は受け止めたラファエルさんの身体をそっと床に寝かせ、王に両手を差し出した。

王はラファエルさんから抜き取ったそれを、今にも握りつぶしてしまいそうだった。

表情は、とても楽しそうだった。

王は、私に何かを求めている気がする。


「……返してくれるなら、何でもします。だから……」


私は手を床につき、額を冷たい地面に付けた。

王が満足するまで何度でも繰り返し土下座する。


「……だめだ」


ラファエルさんが掠れた声を出す。

この状態でなんで喋れるのか分からない。

胸を貫いた傷からは、まだ血が流れている。

それでも、これがないと死んでしまう気がするから、私はひたすらに懇願した。


「お願いします、それを返してください。……お願いします」


床に何度も額を打ち付けた。


「これを返したところで、戻せなければそれは死ぬぞ?」


王が、私の目の前でしゃがみ込む。

私の貌を、面白そうにのぞき込んでいる。

私に蘇生はできない。

それでも、ラファエルさんは魔族だから、まだ生きてる。


「治します! 必ず戻してみせます」

「……拾え」


床に捨てられたラファエルさんの心臓。

その動きは徐々に弱まっているけど、まだ動いている。


私は急いで心臓を拾うと、ラファエルさんの頭を膝に乗せて抱え込んだ。

私の中の魔力を、全て使い切ってもいい。

足らなければ、私に残る生命力が枯れてもいい。


(今、この人を治せなかったら、私は自分で自分を許せない!)


身体全体に魔力を込める。

淡い緑色の回復魔法が私とラファエルさんを包み込んだ。


こんなにも優しい光なのに、私の輪郭を緩やかに薄めていく。

私が削れていくたびに、ラファエルさんの傷口はゆっくりと薄い膜が張り始める。

彼の胸の上に乗せた心臓は、静かに彼の身体に吸収されていくのが見えた。


いつの間にか玉座に戻っていた王は、遠くから興味深そうな視線を無遠慮に投げ続ける。

王の見世物にされるのは不愉快だけど、いくらでも観察すればいい。


私にも、覚悟はできている。


「……あ、かね。もういい、やめろ」


ラファエルさんの腕が、覆いかぶさる私の身体を押しのけようとする。

それでも、彼にその力は戻っていない。


ラファエルさんの目が、ゆっくりと開く。

次の瞬間、彼の表情に焦りが見えた。


「お前、やめろ! 消える気か!」


ラファエルさんも気づいたみたい。

私の身体が薄れているのを。

膝に頭を乗せたまま、私が消えてしまったら、ラファエルさんは頭を床にぶつけてしまわないだろうか。

私はそんなことを考えていた。


「茜!」


ラファエルさんの片腕が、私の背中に触れた。

もう一方の腕は、私の手をぎゅっと握る。


そこから伝わるのは、ラファエルさんの魔力だった。

熱いと感じてしまうほどの魔力。


それでも、からだに蓄積される感覚はない。

多分、もう受け止められないくらいに削れているのだとわかった。


「やめろ……」


ラファエルさんは魔力を流し込めていないことに気づいているはずなのに、ずっと送り続けている。


「だめです、まだ、心臓が定着していません。私には回復することしかできないんです!」


私は、笑った。

ラファエルさんに向けて。

息は荒い。

輪郭が、砂のように消え始めている。


それでも、ラファエルさんが回復していることが嬉しい。


「……やめろ!!」


ラファエルさんがそう叫んだ次の瞬間、私の頭は彼の両手に掴まれていた。

そして、そのまま勢いよく引き寄せられる。


気づいたら、ラファエルさんの顔が目の前にあった。

近すぎて、焦点が合わない距離に。


唇が重ねられていると気付いたのは、ラファエルさんの魔力が口から激しく流れ込んできてからだった。


私は目を見開いた。

何が起きたのか、理解できなかった。


次の瞬間、私の魔力とラファエルさんの魔力が絡み合った。


二つの魔力の回路が、結ばれた感覚。



崩れかけていた私の輪郭が、ゆっくりと形を取り戻していく。

消えかけていた身体が、再び存在を取り戻した。


ラファエルさんの唇が、ゆっくりと離れた。


「…………ぷぁっ!!」


私は息することを忘れていたらしい。

身体が酸素を求めて激しい呼吸をした。


ラファエルさんは身体を起こした。

服は大変なことになっているけれど、そこから見える肌はとても綺麗だった。


私は、自分の唇に触れた。

そして、ぽつりと吐き出す。


「……今の」


ラファエルさんの顔が心配そうにのぞき込む。


私はうっかり目を逸らしてしまったけれど、これだけは伝えないといけないと思う。


「嫌じゃないです」


視線の端でラファエルさんの眉が僅かに動いた。


「むしろ……もう一回、して欲しいくらいです」



玉座の間に、沈黙が流れた。


しばらく固まっていたラファエルさんは、深いため息を吐いた後「……阿呆」と口の端を上げた。


でもその声は、どこか柔らかかった。

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