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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第五十二話  シグルド

塔から王城への転移は、ラファエルさんが行った。

ラファエルさんの落ち着いた低い声で唱えられる詠唱は、焦る気持ちを落ち着かせてくれる気がした。


唱え終わると、私たち四人を透明な膜が包む。

浮遊感の後、瞬きのような一瞬の暗闇が落ちる。


次に光が戻ったのは王城の地下へと続く階段だった。


「いくぞ」


ラファエルさんを先頭に、私とエカテリーナさんが並び、殿(しんがり)は市橋さんだった。

市橋さんはいつも私たちギルドの先頭だったから、背中を守られることに安心感があった。


エカテリーナさんの横顔が焦っているように見えた。

多分、私も同じ顔をしているのだろう。


私たちは横目で互いを見て、静かに頷いた。



+ + +



シグルドは檻に囚われていた。

己の血でぼやけた視線の中で、周りを見る。


この場所に連れられ、目についた赤黒い椅子。

いったい何人の命を奪ってきたのか。

今はシグルド自身がその椅子に固定されている。

後ろ手に鎖で縛られ、足も椅子に固定されている。


(手も足も出ないとは、こういうことか)


シグルドは浅い呼吸を繰り返した。

王に似た貌だけは守られているようだが、それ以外は痛々しい姿になっていた。


当然のことながら、何重にも魔法が封じられ、ただのシグルドとなってからの拷問だった。


何度、意識を失い、何度激しく水を浴びせられ目覚めさせられたのかも分からない。

最初は意地になって数えていたが、途中からそれもやめた。


(覚えていたところで、何の得にもならないからな)


シグルドは自嘲した。


しかし、とシグルドは薄れる意識の中考えた。


(魔族とは、こうも生命力が強かったとは……。あの王はいつも一瞬で命を奪っていたから、あの歳で新たに学べてよかったな)と。

そんな皮肉を思い浮かべ、口角を上げた。


「お前、こんな状態でよく笑えるな」

「俺、正直恐ろしいよ……。王の指示とは言えシグルド様に、こんな……」

「迷うな、俺達には従うことしかできないんだ!」


拷問役の兵士たちが、あまりに平然とした態度のシグルドに恐怖を感じているようだった。


(俺がお前らの立場なら、こんなものでは済ませるはずもないからな)

予測できる程度の拷問など、恐れなど感じるはずもない。


シグルドは瞼を閉じた。

さすがに血が流れすぎているようで、思考が遮られる。


(あと、どれくらい耐えられるか)


そう覚悟を決めた時だった。


地下の牢屋に、一瞬ふわりと風が通ったような感覚がした。

入り口に目を向けるが、誰かが出入りした様子はない。

しかし、シグルドは気づいていた。

自分以外の二つの魔力を。


次の瞬間、全ての兵士が同時にバタバタと床に崩れた。

腹が動いているところを見ると、殺されたわけではないようだ。


「随分、優しくなったものだな、エカテリーナ」


シグルドは何もない空間に話しかける。

また、風がふわりと揺れた。

空間を切り裂いたのは、緋色の扇子だった。


現れたその姿に、シグルドは思わず目を細めた。


「お兄様、なぜ簡単に捕らえられたのです? お兄様が本気を出せば、逃げることくらいできたでしょうに」


エカテリーナはそう言って横を向き、眉を顰める。

シグルドは、その横顔に懐かしさを覚えた。

幼いころに、思うようにことが進まなかった時に見せた、妹の不貞腐れる癖。


市橋は器用に大剣で手足の鎖を切り、シグルドの脇に手を入れ、体を支えながら立ち上がる。


「お……っも、お前、さすがにでかすぎるだろ、ラファエル、力貸せ」


シグルドは思わず笑った。

王族の名を、こうも嫌味なく呼び捨てにできるのは、きっと市橋くらいだろうと。


ラファエルも、シグルドの反対側の脇を支える。

茜が近づき、身体に触れた。

流れてくる穏やかな魔力。


(回復魔法、か)


ぼやけた意識の中で、触れている魔力の主が誰なのか、理解していた。

声を出そうとして、喉がひりつく。

名を呼び、頭を撫でて安心させてやりたかったが、それすら叶わない。


(お前の魔力は、こんなにも温かいのだな)


シグルドはゆっくりと目を閉じた。

傷以上に消耗した精神の限界だった。

二人に支えられ、意識を手放した。


肩にかかる重みが変化したことで、シグルドの状態を把握したラファエルは、手早く全員を集めた。


「みんな、近寄れ。帰るぞ」


帰る。


その言葉に、ほんの一瞬だけ空気が緩んだ。

エカテリーナがほうっと小さく息を吐き、肩から力が抜ける。

市橋もまた、短く息を吐き、表情を緩めた。


茜は、シグルドの温もりを確かめるように、その背中にそっと手を添えた。



ラファエルの詠唱が始まった。


しかし、唱え終わる前に、背筋をなぞるような悪寒が走る。

その感覚が正しかったのだと、この後すぐ思い知らされることになる。

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