第五十話 囚人
ついにこの日が来たか、とシグルドは思った。
招かれざる王直属の兵が、雪崩のように塔へと転移してきた。
執務室の机で仕事をしていたシグルドを、武器と魔法で、逃げ場を塞ぐように囲んだ。
(相変わらず、捨てるのが早いものだな)
シグルドは立ち上がり、城への移動に同意した。
向かう前の僅かな時間で、執事に伝言を託すと、シグルドは自ら王城へと転移した。
普段なら、玉座の間の前で兵に声をかけ、門を開くという一連の動作を守っていた。
しかし今日は、その一切が煩わしく感じられた。
シグルドの選んだ座標は玉座の前。
手を伸ばせば触れられる位置だというのに、玉座の王は驚きもしなかった。
それどころか「早かったな」と笑う。
今日の王は、まるで「普通」の王の貌をしていた。
衣装を崩すこともせず、背を伸ばしてこちらを見ている。
「手荒な歓迎をうけたので、こちらから来ました」
シグルドは胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
この王を喜ばせるような姿だけは見せまい、そう覚悟を決めていた。
あまりに冷静なその姿が、王には気に入らなかったようで、僅かに唇を尖らせた。
「シグルド、お前はそんなにつまらない子だったか? 昔は俺に縋って甘えていたのに」
その口元は笑っているが、目の奥に温度を感じられない。
シグルドは己の最期を予感した。
ならば、本音を語ろう、そう心を決めた。
「貴方からみてつまらなくとも、私は満足している」
その返答が気に入らなかったのか、王の眉がわずかに上がる。
玉座から立ち上がり、頭を下げるシグルドの前に近寄った。
腰を曲げたシグルドの頭の、わずか上。
身長が170㎝の王は、誰かに並ばれる事を嫌っていた。
だからこそ、こうして頭を下げさせることで悦に入っている。
(そんなもの、些事だと思うが……この父にとっては長年悩まされたのだろうな)
王はわざとらしくシグルドの顔を覗き込む。
「おかしい……お前は俺にそっくりだと思ったが? 俺に似て女を上手く使って欲をみたし、そのくせ子も不用意に増やさない器用さを気に入っていたのに」
シグルドはただ、視線を落とした床を見ていた。
「俺はお前の歳にはお前の母を娶ったぞ? お前もそろそろ相手を見繕わねばな」
多分、この王は反応が欲しいだけだ。
それを理解しているからこそ、あえて無反応を貫いた。
しかし。
「あぁ、そうだ、あの道具はもう壊れたな。いくら気に入っても屍は妾にすらできまいよ」
シグルドの頬を手の甲でピタピタと叩きながら笑う王に、苛立ちを隠せなかった。
自分への蔑みだけならば耐えられたのに。
「……貴方にはわかるまい、誰かを真に想う気持ちなど」
その言葉に、王は口が裂けそうなほど口角を上げる。
「お前にも弱点ができたか! あの道具がそれほどまでに愛しいか」
シグルドは顔をあげ、王を舐めつける。
「シグルド!」
王の隣に立っていたクロードが、王とシグルドの間に入って制した。
自然と、王より高くなる目線。
王は、シグルドとクロードの胸元を掴むと、そのまま勢いよく床へと叩きつけた。
「俺を、見下ろすな。それは今、許していない」
「うっ……」
王が勢いよくシグルドの背中に座り、クロードの背に足を乗せる。
クロードは眉間に皺を寄せ、無言で耐えている。
「すまない、クロード」
シグルドは小さな声で謝罪した。
クロードはちらと視線をよこし、また閉じた。
王は背中でわざとらしくはしゃいでいる。
「随分と生意気になったものだな、俺と似た顔が歪むのを見るのも面白い」
誰に聞かせるでもない言葉を、吐き続ける。
「いつ反省するかが楽しみだ。何をしようか、どこまで耐えられるか? 一息に首を斬っては面白くない。俺に似た顔が死ぬのは愉快ではない気がするからな」
(死を望むような事をされるのだな、俺は)
シグルドは兵に囲まれ連れて行かれる前に、玉座の王を見た。
広すぎる部屋に、ポツリと置かれた玉座と、頼りなく寄り添う宰相の姿。
檻に入れられる自分より、あれはよほど哀れだな、と思った。
+ + +
エカテリーナの塔に知らせが届いたのは、シグルドが囚われた後だった。
エカテリーナはなりふり構わずラファエルへ魔力を飛ばした。
(ーーどうせ、私たちのことも目障りでしょう)
捕えられたシグルドに時間は残されているか、それすら知ることができない。
「あぁ! もうっ!!」
思わずエカテリーナは扇子を床に投げつけた。
物に当たるのは恥ずべき事だと知りながら、気持ちを抑えることができなかった。
「エカテリーナ、行こう。こういう時こそ俺を使え」
覚悟は出来てる、市橋のその言葉に、エカテリーナは揺らいだ。
道具が下賜されるまで、親しく過ごした時間などほとんどなかった兄だった。
それでも、自分の血を分けた兄だからこそ、動揺を隠せなかった。
「市橋、お前は私のためにどこまでできる?」
市橋は一瞬驚いた顔をして、穏やかな声でこたえた。
「どこまででも」と。
その答えに、エカテリーナは背中を押された気がした。
+ + +
ほぼ同時刻、エカテリーナからの魔力がラファエルの卓上にある薔薇から伝わった。
「珍しいな」
ラファエルは薔薇に手を翳し、魔力を読み取る。
隣で勉強をしていた茜は、何事かときょとんとした顔を向けていた。
「どうかしたんですか?」
ラファエルは茜に事実を告げるべきか悩んだ。
「……何か、あったんですか?」
言葉を選んでいるうちに、異変に気づいたようだった。
ラファエルは一瞬目を伏せ、腹を括って茜に告げた。
「シグルド……。兄が、囚われた」
誰に、とは言わずとも伝わっているようで、茜の顔がサッと青くなった。
「そんな! 助けにいくんですよね? シグルドさんは大丈夫ですよね」
あの王に捕らわれたと思うと、不安気な茜を落ち着かせるための言葉がない。
「……急がねばなるまい。あの王だ、処理に迷うことはない」
(血の繋がりなど、なんの情にも引っかからないだろうな)
事実を淡々と話していただけで、茜の表情はみるみる曇っていく。
「お父さんなのに」
ぽつりと呟いた言葉に、ラファエルは苦笑した。
「お前の世界の父親とは、随分優しいもののようだな」
つい、皮肉が溢れた。
そんな事を言いたいわけではなかったのに。
茜はそれを平然と返す。
「この世界の家族がこうなら、私は滅びた地球人で良かったです」
その顔は、笑顔だった。
毒気を抜かれたラファエルは、ふ、と笑った。
そして、すぐ顔を引き締めて伝える。
「茜、なるべくならお前の能力は使うな。そう約束できるなら連れて行く」
茜は迷う素ぶりさえ見せず、即座に笑顔で答えた。
「嫌です、必要だと思ったなら使います」
この笑顔に押し負ける、今更ながらラファエルは気づいたが「ほどほどにしてくれ」というのが、精一杯だった。




