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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第四十九話  愉悦

王は一人、玉座でくつくつと笑う。

玉座の肘掛けに両足をかけ、もう一方を枕にしていた。


隣の卓に静かに座るクロードは、その様子を横目でちらと見て、静かにお茶を飲んでいた。


「クロード! 小石がここまで波を立てるとはな」


見ろ、と王は目の前に魔力で鏡を作り出す。

そこに映されたものは、シグルドだった。


クロードは眉をぴくりと動かした。


鏡の中のシグルドは、穏やかな顔をしている。

エカテリーナと、ラファエルに不器用ながら寄り添う。


「まるで、()()の『兄』の顔だな。あのエカテリーナとラファエルまでも……余の子とは思えぬ結束力よ」


ギルベルトはげらげらと声をあげる。

顔を歪めて笑い、目は見開いている。


クロードが哀れみを含んだ眼差しを向けている事にギルベルトは気づいていなかった。


「クロード、血の繋がりというものはあぁいうモノか?」


クロードは、幼い頃のギルベルトを思い出していた。

もう、何百年も前。

かつてギルベルトがクロードの腰ほどの背しか無かった頃、この王城には何人もの兄弟、姉妹が明るい声をあげていた。


(それが、たった一つの椅子を巡ってここまで壊れるとはな)


若き王は、私の目の前で泣き崩れながら、二度と繰り返すまいと誓っていたのに。


目の前にいる王に、かつての面影はない。



「……羨ましいのか? お前が得られなかったものを持つ子どもらが」


その言葉に王は目を細め、さも愉快そうに盤上の駒の破片をクロードに投げつけた。

避けきれなかった破片で頬が切れる。

頬を伝う生暖かさは、血だろうか。


クロードは表情を変えず、落ちた欠片を拾う。


その様子を面白そうに王が眺める。


「お前の綺麗な顔が台無しだな、可哀想に」


王が、また顔を歪めて、にんまりと口角を上げる。

元の顔は、穏やかな少年のようだった。

見た目こそ今も二十歳のそれなのに、穏やかさの名残はどこにもない。


ギルベルトは片手をひらひらと動かし、クロードを玉座の隣へ導く。


()()に来い」

指で示されたのは、床。


クロードは静かに跪いた。

玉座の肘掛けと同じ目線になったクロードの顎を、王がくいと持ち上げた。

視線を合わせたまま、ゆっくりと頬を舐め上げる。


その不快な感覚を、クロードは微動だにせず受け入れた。


「あははははっ、不味い、不味いな! クロード」


何を当然な事を、とクロードは思った。


「見た目が永遠に麗しいお前でも、血は不味いのだな! ひとつ学んだぞ」


ギルベルトは足をバタつかせながら、楽しそうに笑う。



「ギルベルト……今からでも遅くはない。もう一度、初心を振り返って生きる気はないか」


あの、愚直なまでの正直さを貫いていた若き王。

それゆえに、汚いモノに触れすぎて壊れていった。



ギルベルトの目は、笑っていなかった。

口元だけ醜く歪め、クロードを見つめる。


「……お前は、俺の倍以上生きているくせに、何故変わらない? この世界は醜く、つまらない。全てが澱んでいるというのに」


「面白くないんだ、クロード。楽しませてみせろ、俺が死ぬ前に!」


クロードは口を開きかけ、わずかに息を吐いてから閉じた。


(今のギルベルトには、もう届かない)


クロードは静かに目を閉じ、立ち上がる。

そして、卓の下にある小さなワインセラーから、今日のための一本を選び、グラスに注ぐ。


焦点が合わないまま笑い転げるギルベルトの眼前にグラスを差し出すと、それを奪うように受け取った。

まるで水でも飲むように、喉を鳴らして一気に飲み干す。

度数は、かなり高いはずなのに……。


「もう、休め。ギルベルト」


クロードは静かに頭を引き寄せ、胸に抱えた。

ギルベルトの笑い声は、しばらくの間胸で響いて、沈黙した。



(ギルベルト、視野を広げて世界をその目で見ろ。ーーお前を楽しませるものは、沢山あるというのに)



クロードは、腕の中で眠るギルベルトをみた。

寝顔は幼いまま。

訓練や勉強で疲れて眠っていた頃のまま。


腕を肩と膝の裏に入れ、そっと持ち上げる。


若くして見た目の成長を止めた王に、民は期待した。

魔族のなかでも群を抜いて魔力が高かったかつての教え子。

繊細であるがゆえに、壊れてしまった。


(見捨てることは容易いが、諫めなかった責任は取ろう)


クロードは、すでに心を決めていた。


やがて来る「死」を、共に迎えよう……と。


玉座の間の続き部屋へとギルベルトを運ぶ。

ベットに降ろして装束を緩めると、その貌に僅かな穏やかさを感じる。


「今は、眠れ」


クロードは、そっと部屋を後にした。

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