表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

49/78

第四十五話  動揺

※市橋寄りの三人称です

いつものように、市橋はエカテリーナの傍で書簡をまとめていた。


彼女の仕事ぶりは真面目で、他者に割り振る以上のことを平然とこなしていく。

その上で、あんなにも余裕そうな態度をみせるエカテリーナを、市橋は尊敬していた。


(実際にやってみると大変さがわかるんだよな……)


エカテリーナは、市橋自身の能力の限界を見極めている、そう感じた。

疲労が蓄積する頃には、扇子をひらひらと動かし、侍従にお茶を運ばせる。

そして自分にさりげなく勧めてくる。


休憩のタイミングが抜群に良い。

彼女のような優秀な上司の下で働いてしまったら、ほかに就職したくなくなるに違いない。


市橋は思わず笑みをこぼした。


「市橋、百面相は気持ち悪くてよ?」


気持ち悪いとまで言われるのは心外だ。

市橋は思わず言い返す。


「エカテリーナ、お前はもう少し言葉を考えてから口に出すようにしろ……」

(美人なのに勿体ない)

という言葉は、かろうじて飲み込んだ。


前にうっかり「綺麗だ」と褒めたら、扇子で何回も殴られる羽目になった。

痛さは全くないが、あまりの可愛さに、思わず手が出そうになるから。


「しっかり考えているから問題はなくてよ?」


そんな言葉も可愛く思えた。


この世界で目覚めて、最初にあった時は「なんて女だ」と嫌悪した。

しかし、こうして彼女の傍で過ごすうち、その考えや能力が嫌いではないと、気づいてしまった。

それどころか。


(守りたい……なんて言ったら、また扇子で殴られるんだろうな)


そう思ったら、うっかりまた口元が緩んだ。

そうして結局、市橋はエカテリーナにぺしぺしと叩かれ続ける結果となった。



その時、だった。


窓の外に黒い蛇のような生き物が数匹見えた気がした。


一瞬、視線を奪われる。


エカテリーナが市橋に向け「窓から離れなさい!」と叫ぶのと同時に、窓が激しく割られた。


中に転がり込んできた数匹の蛇は、目の前で輪郭を変え、頭は蛇のままに人間のような体を持つ獣人の姿へと変化した。


市橋はエカテリーナを後ろ手に隠すと、自分の力を腕に込めた。

召喚された市橋の背ほどの大きさがある大剣。

あの世界で、ギルドのマスターとして、攻撃力のトップとして唯一を誇った聖なる大剣。


それを、生きた相手に向けるのは二度目だった。

だが、慣れるものではない。


一度目は玉座の前で。

そして今、市橋は大剣を両手で握った。


「あなたたち、こんなところまで来るなんて。……誰の差し金なのかしら」


エカテリーナがその場に入り込んだ敵を睨めつけた。

短く詠唱し、扇子を構えたが、何も起こらない。

エカテリーナは口元を覆う扇子の下で、小さく舌打ちをした。

「魔法を封じるアイテムでも用意したのかしら? 丁寧なことね」 


市橋は剣を構える。

エカテリーナは、失えない。


「貴女を恨む相手は存外多いのですよ」


蛇の一人が、偉そうな言葉を吐く。

そして、瞬時に小刀を投擲する。


市橋は全ての小刀を大剣のひと振りで弾いた。


暗器の効果が得られないことが分かると、蛇たちはじりじりと刃物を持ち迫ってきた。

市橋はゆっくりとエカテリーナを窓のない部屋の角へと移動させる。

そして、彼女と蛇の間に立ち、剣を構えた。


こくりと喉が鳴る。

剣を持つ手が、僅かにぶれる。


(まさか、生きた相手に剣を向けるなんてな……)


市橋が覚悟を決めるのと、蛇の一人が飛び掛かるのは同時だった。


大剣に、鈍い感触が伝わる。

重い砂袋を、無理やり切るような。


蛇の胴は半分に分かれ、尾の部分は蠢いている。

上半身も意識がある。

この状態で、まだ、動くのか。


市橋は間髪入れず剣を下に構え、上半身にとどめを刺した。


剣がちりっと音を立てる。


「貴様っ! よくも同胞を!」


仲間を斬られて苛立ったのか、残りの四人が全員同時に襲い掛かってきた。

市橋の剣は、もう震えなかった。


エカテリーナは目をそらさずこの光景を受け止めている。


斬りながら、視界の端に映るエカテリーナの姿が、やけに綺麗に見えた。


「お姫様、怖ければ遠慮せず目を閉じてろよ!」


市橋はそう軽口を叩く。

剣は、相手を薙ぎ払いながら。


「貴方が私のために戦っているのに? 見届けるのも主人の責任よ」


扇子を支える指が震えているのを、見過ごさなかった。

「すぐ終わらせてやる」そう微笑んだ。




市橋が肩で息をする頃には、五人は床に転がっていた。

その体は、動きを止めていた。


エカテリーナが「よくやったわね」と近づいてきた、その時。


ぱきん。


小さな音を立てて、刃がかけた。

よく見ると小さなヒビが広がっていた。


「その剣、前も欠けたわよね? 素材が悪いのかしら」

エカテリーナが刃に触れる。


「うかつに触るな、指が切れたらどうする」

市橋が制したが。


「いいのよ、お前は私を斬らない、そうでしょう?」

唇の端をあげて妖艶に微笑んだ。


市橋は思わず苦笑した。

「はいはい、その通りですよ、お姫様」

両手をあげてひらひらと降参して見せる。


エカテリーナは扇子で口元を隠し、目を細めた。

市橋もまた、その微笑みに笑顔で返した。


市橋は大剣を消す前に、刃に指を当てて確かめた。


(……やはり、か)


エカテリーナは、その様子をじっと見つめていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ