第四十四話 一人の夜
塔に戻ったのは、日付を跨いでからだった。
ラファエルさんは、私の部屋にある小さなお風呂場の浴槽に湯を満たしてくれた。
祭壇のある階に備えられたこの部屋は、日本で言うなら小さなワンルームのお部屋。
トイレも、お風呂もあって、寝る場所は長椅子からベッドになって……。
ラファエルさんは「早めに寝ろ」とだけ言って階段を下りて行った。
私はラファエルさんの言葉に甘えて、お風呂に入ることにした。
魔力でさっと満たされたお湯。
魔族は、ちゃんと休むと回復するってシグルドさんは言っていた。
私は体と髪を手早く洗い、浴槽へと浸かった。
ーーふぅ。
思わず大きな息が出る。
温泉に浸かるとお母さんやお婆ちゃんはいつも「あーっ」とか「沁みるねえ」などと声をだしていた。
私も今ならその気持ちが分かるかもしれない。
お湯に疲れが流れていく感覚。
私は顎までお湯に浸かりながら考えた。
「やっぱり、指が温まるのが遅い……」
ゆっくりとお湯の温度で温まっていく体と違い、指先はまだ白い。
握ったり、開いたり。指先を揉んだりして、ようやく赤みを取り戻す。
「横山さんも、気づいてたのかな」
横山さんはギルドのブレイン。賢さと優しさ、そしてずば抜けた魔力でみんなを守っていてくれた。
オフ会で、あんなに美人だって知られてから、みんなやたら緊張してたっけ。
わたしもサブマスターだったけど、オフ会では「小さい以外はイメージ通りだね」って言われただけでみんな普通に接してくれた。
(小さい……)
私は、自分のスタイルと身長を考える。
出るところは控えめで、身長は155㎝。
全体的なバランスは悪くない……と、思いたい。
横山さんが美人で綺麗で身長もあったから、余計に比べられたのかもしれない。
5㎝くらいしか変わらないのに、彼女はとても大人びているように見えた。
私から見ても、憧れる。そんな女性だった。
私は自分の指先を見つめた。
ラファエルさんには話していないこと。
魔力の循環のおかげで、削れたものが補われる感覚がある。
でも、上限が減っている感覚がある、ということ。
ラファエルさんに気づかれたら、きっと心配するに違いない。
そしたら余計にこの力を使わせまいとしてくれる気がする。
「私も、いつか消えちゃうのかな……」
不安げな自分の声が浴室に響く。
私の身体は、どこへいくのかな。
私は、ふと湯に浸かる自分の身体を見た。
横山さんが居てくれたら、尋ねたかった。
彼女以外、たぶん誰にも訊くことができない不安。
私は、この世界に来てから一度も生理が来ない。
精神的に不安定になると、遅れたり止まってしまうことがある、そう習ったけれど。
……そんなものじゃない、気がする。
自分の身体に向け、少しだけ回復を使う。
なんの手ごたえも感じられない。
自分は回復できないのだろうか。
私のこの能力は、「何」と引き換えなんだろう。
横山さんがいたなら、相談できたかもしれない。
怖いけど、誰にも相談することができない。
冷めていくお湯から出て、急いで髪を拭いた。
買い足してくれた私のための寝衣に着替えてベッドに潜り込む。
まだ、言いしれない不安はあった。
それでも、ラファエルさんの膝の硬さを思い出すと、少しだけ、笑えた。




