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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第四十三話  分け合うもの

小屋に顔を出すと、ネレイナが子牛を撫でていた。

子牛も目線が同じ高さのネレイナに興味をもったのか、ネレイナの手をぱくりと咥えて吸っている。


ネレイナの耳は後ろ向きになっていて、尻尾がぶわりと膨らんでいた。

私をみつけると、ネレイナは大きく手を振る。


「おかえりっ、茜っ! この子私を食べるのよ?」

子牛はずっとネレイナを舐めている。

よたよたとした足取りが、少しずつしっかりと地面を踏みしめられるようになっていた。


ネレイナはそのまま子牛に顔を舐められている。

その様子をみて、小屋のみんなで笑った。



牛の親子はもう大丈夫だろう、お婆さんがそう言ったので、みんなで教会へ戻った。

中では女性の獣人たちがお湯を沸かして待っていてくれた。

丁度いい温度のお湯に満たされたバケツに腕をひたし、汚れを濯ぐ。ラファエルさんも別のバケツの前でしゃがみ込んでいる。

ラファエルさんの背中が、とても頼もしく思えた。


私は手を拭いて、ラファエルさんの背後に立つ。


「ーーなんだ?」


ラファエルさんは振り返りもせず、私だと気づいているようだ。

私は腕を洗うラファエルさんが避けられないのをいいことに、彼の頭に手を置いた。

そして、そのままよしよしと撫でる。


「……なんのつもりだ?」


ラファエルさんの低い声。

怒っている声ではないので、そのまま撫で続けた。


「一応、お疲れ様でした、の気持ちを込めてます」


ラファエルさんは深いため息をつくと「口で言え」と呆れた表情をみせた。

そんな私を見ていたネレイナが「わたしもー!」とラファエルさんの髪を激しく撫でてくしゃくしゃにしてしまったので、さすがにそこは、少しだけ反省した。


食堂では、みんなが火の前に集まって鍋を囲んでいた。

大きな鍋で沸かされているのは、真っ白い牛乳だ。

今朝、別の牛から搾乳したのだとお婆さんが教えてくれた。


コップに注がれた牛乳をネレイナがみんなに配っている。

まだ子どもなのに、ちゃんと進んでお手伝いをするその姿に、思わず笑みがこぼれた。


私とラファエルさんの前に、お盆を持ったネレイナがやってきた。


「茜とラファエルさんは、特別にいっぱいなのよ!」


見ればコップの縁まで牛乳が注がれている。

ラファエルさんは二つを受け取り、そっと私に渡してくれた。


「ありがとう、ネレイナ、ラファエルさん」


湯気のたつコップにふうふうと息を吹きかける。

ネレイナもちょこんと私の隣に座り、同じように自分のコップに吹きかけた。


そっと口をつけ、こくんと飲む。

牛乳の甘さと、蜂蜜の甘さが口に広がる。


ーーお母さんが作ってくれた、ホットミルクと同じ味。


ふと、視界が滲んだ。

どうにか涙を堪える。

手で包み込むように握られたコップの温度が、冷えた指先をゆっくりと温めてくれる。


私は体温が高いほうだったのに。


コップを持ち替えながら手を温める私を、ラファエルさんが静かに見つめていた。

私とラファエルさんの間で、ネレイナが勢いよく牛乳を飲みほした。


「美味しかったぁ!」


そう言って私に笑顔を向けるネレイナ。


その口元は、牛乳が髭のように白く残っている。

珍しく、ラファエルさんが顔を背け、小刻みに肩を揺らす。

私は頑張って耐えたのに、その様子をみて、こらえられなかった。


「あはははっ」


思わず声を出して笑う。

その声に、その場にいた全員の視線が集まる。

そして、きょとんとするネレイナを見て、みんなも納得したようにつられて笑い出した。


ネレイナは全く気付いていなかったが、大人たちの笑い声にニコニコと笑顔を向ける。

ラファエルさんが、ネレイナの口元を拭ってあげた。

そこでようやく自分が笑われていたことに気づいたネレイナが臍を曲げてしまい、みんなで何度も笑いながら謝った。


そんな、穏やかな時間が過ぎていった。



私とラファエルさんは、また馬車で塔へと戻る。


「息抜きになれば、そう思ったが……」

馬車を走らせながら、ラファエルさんが言い淀んだ。


能力を使わせたくなかった、その気持ちが伝わってくる。


「牛さん、間に合ってよかったですね。たくさん褒めてくださいね!」


私はラファエルさんにむけて、わざとらしく胸を張る。

ラファエルさんは「あぁ」と言って頭を撫でてくれた。


馬車の揺れが心地よくて、瞼がゆっくりと下がっていく。

それでも、手綱を握ってくれているラファエルさんのために、どうにか起きていようと努めた。

しかし、頭が何度も舟をこぐ。


その様子を見かねたのか、ラファエルさんは私の頭を掴むと、彼の膝へと倒した。

「着いたら起こす、寝ていろ」


突然の膝枕に戸惑ったが、ありがたく借りることにした。

男性の筋肉質な膝は、枕にするには厚みがあって硬くて首が痛い。

馬車の振動で、硬い太ももに頭が何度もぶつかる。


この枕が売っていたら、申し訳ないけど買わないかもしれない……。


ラファエルさんの片手が、私の額に触れる。

寝心地は悪いが、温度だけは丁度いい。

ラファエルさんの匂いと体温に、意識が遠のく。


自分も、いつか誰かに膝枕するのかな。

そんなことを考えているうちに、気づけば、眠りに落ちていた。

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