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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第四十一話  大切なもの①

塔に戻ってしばらくは静かに過ごしていた。


ラファエルさんは時々王城へ呼ばれていたけど、たくさんの紙の束を持ってきては、遅くまで調べてまた持っていく……そんな毎日だった。


私は仕事の合間にラファエルさんが勉強を教えてくれるから、少しずつこの世界の歴史を学びはじめた。


勉強だけでなく、生き抜くためにはマナーも必要だと真顔で押し切られ、そちらも勉強中だ。

学校の授業よりもいろいろと詰め込んでいる気がする。

でも、さすがにこうも毎日では頭が爆発しそうで、ふらふらになっていた。


その様子に気づいたのか、ラファエルさんから珍しく「教会に、行くか」と声をかけてくれた。


(ひさしぶりにネレイナやトトに会える!)


ラファエルさんの提案に、私の胸は激しく躍った。


そんな私を見て、ラファエルさんは苦笑したようだった。



+ + +


「ネレイナー! トトー!」


教会についた私は、大きな声で二人の名前を呼んだ。


入り口からひょこっと顔を出したのはネレイナだった。


「あかねーー! 大変っ、赤ちゃんうまれるの!」


まさかのお産。想像がつかなくて背後のラファエルさんを見た。

そもそも、教会にいた人たちに妊婦さんはいなかった気がする……。

ラファエルさんも同じ考えだったようで、首を傾げている。



案内されるままに教会の裏手へ回ると、そこには小さな家畜小屋があり、中には数頭牛のような動物がいた。


脚が八本ある以外は、普通の牛に似ていた。

独特な白黒模様が、ホルスタインと同じに見える。


その中の一頭が、隔離され、藁の上に横たわっていた。


お腹は大きく膨らみ、呼吸の動きが早い。口を開けて息を吐いている。


「お腹の袋からお水が出てから、もうニ刻になるの」

ネレイナは牛の鼻のあたりを小さな手でさすりながら言う。


「それは、長いな」


ラファエルさんの表情が険しくなった。

私は動物のお産を見たことがない。

それでも、二人を見守る周囲の人たちの表情から伝わる焦りで、大変な状況なのだと理解した。



ラファエルさんは袖を捲り上げ、服が汚れることなど気にしてもいないように藁にしゃがみ込む。


牛の顔を見ながら、お腹のあたりをゆっくりと触れていく。


「まずいな」


ラファエルさんの呟きに、周りの大人達がざわめいた。

ネレイナも頷く。

「脚が出ちゃってて、後ろ脚なんだって」


保健体育じゃ習わないけど、何かのテレビで見たことがある。

確か……。


「逆子、か」


ラファエルさんとネレイナの会話で納得した。


「手を入れて、中で子牛の脚にロープをかけたがうまくいかない」

「腹の位置を整えようとしたが、母牛が弱って無理だった」


口々に言うが、私にはとても想像がつかない。


それでも。


「帝王切開、しないんですか?」


お産で聞いたことがある言葉。

赤ちゃんが大きかったり、反対を向いていたり。

お母さんの産道が細かったりした時に選ばれるらしいけど、牛はどうだろう。


「帝王切開?」


ラファエルさんは眉間に皺を寄せる。

説明不足に気づいて言葉を付け足す。


「えぇと、お産がうまくいかないとき、母体と赤ちゃんを一緒に助けるために、お腹を切る方法です」


私の説明に周りが騒つく。


「お腹、切っちゃうの……?」

ネレイナの尻尾は細くなって太ももの内側に巻きついている。


「切ったら両方死ぬだろう?」

大人の獣人が言う。

他の大人たちも同じ意見のようで、私の説明が上手くない事が悔やまれた。


「言わんとする原理は、なんとなく」


ラファエルさんは、理解してくれたらしい。

だけど、途端に表情が曇る。


「少し離れる」


ラファエルさんは私の腕を掴むと、小屋の外へと連れ出した。

小屋から少し離れた木の陰に来ると、ラファエルさんは歩みを止めてこちらを向いた。


「先ほどの『帝王切開』とやらは、お前が能力を使う前提の話か?」

そう訊いてくるラファエルさんは顔をしかめている。


シグルドさんに言われた言葉が胸をよぎる。

横山さんのように、私も消えてしまったら……。


「切ってもらって、すぐ傷を治せば守れると思うんです」


きっと、そんなに減らない。そう思いたい。

私はラファエルさんの目を見つめた。


「……ラファエルさんなら」


言い終わらないうちにラファエルさんの手が私の頭を鷲掴みにする。


「お前は、何を学んだ?」


ラファエルさんの握力で顔を固定され、怒っているその貌から目が外すことができない。

それでも家畜小屋からは時折牛の苦しそうな鳴き声が聞こえてきて、残された時間の少なさに焦ってしまう。


「助けられるなら、助けたいんです」

「消えてもか?」


真っすぐな目が、私の心に刺さる。

怒っているんじゃない。

ラファエルさんは心配しているんだ、と。


「……消えたくないですよ? でも、見捨てたくもない」


ラファエルさんの口から、大きなため息がこぼれた。

頭から手が離れる。


「だから、手を繋いでください。ラファエルさんと、循環したいです」


わたしの言葉に、ラファエルさんの顔が困惑している。

それでも、この場で頼れるのはラファエルさんだから。


「お願いします」

私は手を差し伸べた。

ラファエルさんは片手で自分の額を押さえたが、数秒の後、諦めたように手を繋いでくれた。


「ネレイナの方が馴染むぞ?」

そう言ったけど、ネレイナはまだ子供。

牛のお腹を切る場面なんてまだまだ見せられないと思うから。


「だめです。教育上よくないんです」


だけど、ラファエルさんは「子供だからこそ、手伝いの中で学ぶものだが……」と。


自分の考えが、少しだけ甘かったのかもしれない。

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