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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第三十六話  新たな任務

綾香は椅子に体重を預け、窓を眺めてシグルドを待っていた。


目を覚ましたら、蝋燭が消えていて。

冷めた料理がサイドテーブルにあって。

それでも少しだけ身体が動かせたから。


綾香は部屋を出て、壁をつたいながら、休みやすみ執務室へと移動した。


(この時間なら、執務室にいると思ったんだけどなぁ……)


部屋の燭台は灯っていた。

しかし、塔の主人の姿がない。

シグルドの性格上、蝋燭を消さずに部屋に戻ることはない。


だから、きっとーー。


「まだかなぁ」

指先はまだ震える。

それでも、石をゆっくり摘んだ。


きゅ。


綾香はシグルドを待ち侘びながら、ゆっくりと石の形を確かめ続けた。


窓にうつる自分の顔が、いつもより熱を失っているのがわかる。


「食事、食べないとなぁ……」


綾香は静かな部屋で独りごちた。

行儀は悪いが、椅子の上で膝を抱える。

頭の重さが膝に乗って、少しだけ楽になった気がした。



その時、近くの空間の揺れが伝わり、淡く光る。


綾香は姿を待ち侘びた。



何もない空間から、輪郭が浮かぶ。

執務室に、シグルドが戻ってきた。


綾香は目元を緩めた。

「お帰りなさい、シグルドさん」


綾香に気づいたシグルドは、軽く目を開いた。

「……何をしている」

低い声が返ってくる。


叱られている、そう感じた。

だが、綾香は微笑んだ。

「なんとなく、お帰りなさいって言いたくて」


シグルドは口を開きかけたが、それ以上何も言わなかった。

ただ、困ったように眉根を下げた。



シグルドは羽織っていたマントを綾香に掛けた。

椅子で膝を抱える姿が寒そうに見えたのだろう。

綾香は、その行動が嬉しかった。



シグルドはそのまま机に向かう。

椅子に腰掛け、黙り込んだまま腕を組んでいる。

珍しい様子に、綾香は静かに尋ねた。


「何か、あったんですか?」


その問いに、シグルドは静かに答えた。

「新たな任務が入った」


「明日、民のための貯水地を作る」

シグルドは、どこか苦しそうな貌をしている。


綾香は迷いなく頷く。

「わかりました」


シグルドさんのためならーー。

綾香はもう一度、自分に言い聞かせるように頷いた。


シグルドは言う。

「今のお前は疲弊している。この任務が終わったら、しばらく魔力は使うな」

そして。

「戻ったら、回復のために休みをやろう」


綾香はシグルドの気遣いが嬉しくて、胸の石を離さなかった。


シグルドは「またその癖か」と小さく苦笑した。


「明日のためにもう休め」


シグルドは綾香を部屋へと転移させた。

ベッドに寝かしつけると「ではな」と背中を向けて出ていった。


綾香は、シグルドの消えた扉を見つめていた。


(明日も、頑張ろう)



+ + +


翌日。


二人は王国北部の山脈に立っていた。

完成させれば、眼前に見える広大な土地が貯水地になる。


綾香は振り返りシグルドを見た。

シグルドもまた、綾香を見ていた。


綾香は笑顔で頷いて、指先に魔力を込める。

空間から、ゆっくりと杖が生成される。



青々とした山脈に守られた、中心地。

綾香はそこを見つめて集中した。


その場所に、貯水地を作る。


綾香は杖を握り、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。


ふと、後ろにいたシグルドが綾香の背に触れる。


「限界なら止める。ーー無理はするな」

低く、力強い声。

綾香はその声に励まされて笑顔を向けた。



「大丈夫です」


胸の石に手を添える。

必ず、やり遂げます。

その気持ちを込めて。



綾香は杖を握り直し、魔力を込める。

身体から、また失われる。

それでも。


(終わったら)


魔力を込め続ける。


(また、休みをくれるって言ってた)


最大量が蓄積され。



放つ。



景色が歪み、大地が削れ、圧縮される。

目の前の山脈から、貯水地のための窪みが出来あがる。


そして、水が吸い込んでしまわないよう、状態を固定してーー。


杖から流れる魔力が、急激に力を失う。




切れかけの電池を思い出した。


使い切る前に、もう一度だけふわっと明るくなる。


あれは、どうしてだろう。



幼い頃、綾香が疑問を口にした。

答えてくれたのは、誰だったのか。



シグルドの手が、後ろから綾香の背を支えている。

温かい掌の感触。


綾香は、この世界に来て疫病の街を消した。


(効率が良いって)


国境の街、良い街だった。


(任務だって)


綾香は、自分が壊したものを急激に自覚した。

目から、涙が溢れた。



シグルドの手が、綾香の背から離れた。

そして、綾香の隣から数歩前へと進み、続く魔力を引き継いだ。


シグルドが手を翳す

長身の彼が、空に向かって手を上げる姿は、まるで一枚の絵のようだった。


(綺麗……)


綾香は目を奪われた。

何もなかった窪地が、水魔法で満たされていく。

ゆっくりと、まるで湖みたいに。



綾香はシグルドの後ろ姿を見た。

広い背中。

見上げるくらい、高い身長。


(いつも優しくしてくれた)


そう思っていた。

でも、合理的だった。

シグルドはーー。


(道具を、大事にしてくれた……)


綾香は、少しだけ落ち込んだ。

それでも。


(私を選んでくれた)


綾香を認めてくれた。

受け入れて、そばに置いてくれた。

惜しみなく褒めてくれた。



赤い実が、美味しかった。

切り分けてくれたことが、本当に嬉しかった。


綾香は、そっと涙を拭った。



シグルドの魔力で、満たされた貯水地。

水と山脈の景色、そして光の反射。

綾香の顔には自然と笑みが浮かんだ。


シグルドは手を下ろして綾香を正面から見た。

低く、落ち着いた声で。

「よくやった」

その声が、綾香の胸を満たした。



(役に立てた)



綾香は清々しい気持ちで景色と、シグルドを目に焼き付けた。


シグルドは綾香から視線を外さなかった。

そして、わずかに顔色を変える。


「顔色が悪い、やはり無理をしていたかーー帰るぞ」


貯水池の出来を観察することもなく、シグルドは綾香の手首を掴み詠唱を始めた。

手首から、シグルドの熱が伝わる。


綾香は、その感覚に意識を向け、そっと微笑んだ。


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