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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第三十五話  優しさの先

あれから何時間経ったのか。

気づけば夜の帳が下りていた。


部屋にはひとつ、小さな蝋燭の灯り。

薄いオレンジ色の燭台がベッド脇のサイドテーブルを照らす。


綾香はぼんやりと目を開けたまま、頼りない炎の揺れを眺めていた。



そっと胸元に触れる。


きゅっ。


ちゃんと、ある。

指先の感覚は弱いが、今はちゃんと小さな石の形を捉えている。


(良かった)


綾香は軽く息を吐いた。



コンコン。



扉から響く規則正しいノックの後。

執事や侍従ではなく、これは。


綾香はベッドから身体を起こそうと腕をついた、が。

力がまるで入らず、横向きのままベッドへと沈む。

そうこうしているうちに、返事を待たず扉が開いた。


「起きていたか、状態はどうだ」


そこには片手でトレイを持ったシグルドが立っていた。

シグルドは綾香に歩み寄り、サイドテーブルにトレイを置いた。


「さっきよりは……少し」

楽になりました、とは言えない。

綾香は言葉を濁した。


シグルドは綾香の背に腕を差し入れ、身体を起こす。

背中に手近なクッションをあてがうと、食事を乗せたテーブルを引き寄せた。


いくつかの小さな赤い実と、銀製のクローシュが被せられた皿。

シグルドは綾香の前でクローシュを開けた。


ふわ、と湯気があがり、中からは野菜のポタージュが見えた。


「食事は回復の基本だ。可能な限り食べろ」


シグルドは胸元のポケットから小さなナイフを取り出すと、小さな紅い実を一粒ずつ半分に切り分けていく。

綾香はその姿を見守った。

全ての実を切り終え、シグルドはハンカチを出しナイフをくるんでしまう。


その貌が、綾香を見た。

シグルドの腕が綾香の額に伸びた。

綾香はそっと目を閉じ、シグルドの温度を感じた。


「体温は正常。呼吸も安定している。だが、魔力の回復には休息が必要だ」


手が離れる。

綾香は瞼を開けた。


シグルドは立ち上がり、綾香に背を向け歩き出している。

扉の前で一度だけ立ち止まると。


「食べたら眠れ」


そして、扉は閉まった。

綾香の胸の奥が、じんわりと温かかった。


(シグルドさんが、切り分けてくれた)


赤い実は瑞々しく輝いている。

小さかった粒を、わざわざ半分に切り分ける姿に優しさを感じていた。


食堂でよく食べていた、丁寧に裏漉しされた甘い野菜のポタージュ。

綾香が舌鼓をうち、何度も「美味しい」と言っていた。


(覚えて、いてくれたのかな)


食欲はないが、スープをひと匙口に運ぶ。

身体が受け付けない。

嚥下する力が足らず、おもわずむせてしまう。

咳こみながら、どうにか一口飲み込んだ。


それでも、果実だけは。

切り分けられた一切れを、ゆっくりと時間をかけて食べきった。


目の前には、湯気の出なくなったスープと、たくさんの赤い実。

残すのは良くない。

そう思ったが、綾香の体はもう受け付けなかった。



綾香は背のクッションに体重を預けた。

眠るためにずらそうという気にもなれない。


ただ、身体が重かった。


漠然とした恐怖。

答えのない不安。


綾香はそれでも思った。

この先に、シグルドさんがいてくれるなら。


(まだ頑張れる)

と。


胸元の石に手を重ねる。


今日は疲れた。

石を摘むことも、うまくできない。


ただ、指先で触れるだけ。


綾香は涙が出そうな気がするのに、涙が出ない。


思考が薄れていく。

身体が重い。

指先まで力が入らない。


クッションに沈んだ背中が、動けない。


ーー怖い。

でもその理由を考える力もない。


胸元に手を重ねる。


肌に押し付けると、石の感触がある。


それだけで綾香は少し安心した。


(起きられますように)


それだけ祈って、綾香は沈むように眠りに落ちた。




+ + +



シグルドは綾香の部屋を後にした。

そして、そのまま王城へと転移した。


シグルドは部屋で見た綾香の状態を振り返る。


(本来ならば、報告には綾香も連れてくるべきだが)


玉座の間の前で、扉をひと睨みした。


(こんな場所、綾香には耐えられまい)


いつものように、扉の両脇に建つ兵らに合図を送った。


扉が開く。


眼前には、王と、何か言葉を交わしている宰相クロードの姿。

クロードは、シグルドに目を向け、再び王へと視線を戻した。

しかし、彼は不機嫌そうな顔のまま、静かにこちらに向き直る。


王はそんな宰相の様子を気にも留めず、シグルドを見た。


「先の任務の報告書です」


簡潔に用件を伝えると、クロードが王のそばを離れ、シグルドの前に立つ。

190㎝ある長身の彼は、自然とシグルドを見下ろす。

シグルドが見上げる数少ない相手でもあった。


シグルドは手に持った書簡を宰相に手渡す。

受け取った彼は、そのまま意味ありげに長い視線を寄こしたが。

しかし、シグルドにはその意味を読み取れなかった。


彼は自分の肩を見るように背後の王に視線をずらし、諦めたように小さなため息をついた。


王の隣に戻ると、クロードは書簡を手渡した。


王は書簡を卓に放り投げ、くくっ、と小さな笑い声をあげる。

「無駄なことを、クロード」


王がそう言った。


クロードは瞳を閉じて、無言を貫く。

王の目が、醜く歪んでいる。

王は、この状況を楽しんでいる。


クロードの視線と顔を歪める王。

シグルドは強い違和感を覚えたが、僅かな警戒にとどめた。



「さて、シグルド。最近雨は降ったか?」

王にしては、まともな会話。


シグルドは答える。

「満足に降ってはおりません。この状態が続けば民の憂いは増えるでしょうな」


王の口の端が、にぃ、と上がる。

「そうだな、憂いははらわねば!」

わざとらしいその行動に、シグルドの警戒心が増す。


クロードは静かに瞼を閉じ、眉間に皺を寄せていた。


(何を企んでいる?)

シグルドは早計に同意せず、沈黙した。


王は玉座で前のめりに座り直し。

「民のために貯水地を作れ。やれるか?」

と目を細めた。


(断らせる気は、最初から無かったのだな)

シグルドは微かに眉を寄せた。


「任務とあらば」

手を胸に当て、一礼する。


王の横でクロードは、こちらを見ている。

その視線が、シグルドにはもどかしかった。


(王の前でなければ)



王はもう、こちらに興味を失った様子で瞼を閉じている。

玉座に横座りをして、姿勢を崩していた。



話すことはない、と言うことか。

シグルドは扉へと向きを変え、歩き出す。


背後から王の声。


「道具は元気か?」


シグルドは僅かに沈黙した。

部屋で見た綾香の様子をもう一度思い出す。


「……問題ありません」

シグルドは振り返らなかった。

どうせ、王は目を閉じている。


「貯水地は大きなものがいい、道具をうまく使えよ」


声は、自分に向けて話しかけているわけではない。

シグルドは振り返らなかった。


「承知しました」


短く言い、退室した。




シグルドが居なくなった玉座で、王は口の端を上げていた。

「さて、シグルドはどんな反応をみせるか……」


扉に隔てられ、王が呟く言葉はシグルドには届かなかった。


クロードの視線は、扉の先を見つめていた。

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