表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/76

第三十四話  国境の街②

シグルドは、綾香に期待してると言ってくれた。

その言葉が僅かに震える背中を押す。


(ーーごめんなさい)


綾香は晴天の空を見上げた。

ゆっくりと杖を掲げる。

魔力は、青く澄んだ空高くへと放たれた。



膨大な魔力の塊が、太陽を隠す。

街の人々は、きっと僅かに空が暗くなったような錯覚を覚えただろう。

誰かが空を見上げた頃には、すべては終わっている。


次の瞬間、空が揺らぐ。


地面が唸りをあげるような地響き。

だが、その音は耳から滑り落ちる。


綾香は、空を見上げた。

胸元の石を、片手でぎゅっと握りしめて。

ただ、綺麗だと思った。



門兵の笑顔。

市場の音。

子どもの声。

紅い実。

全てが、遠くなる。


魔力が溢れる感覚。

街が圧縮され、潰れていく重さ。

そのすべてが杖から伝わる。


綾香は瞳を閉じ、もう一度思い出す。


門兵の笑顔。


赤い実。


市場の声。


(ごめんなさい)


魔力が流れる。


思考が、遠い。


(……ごめんなさい)


……もう、わからない。

綾香の思考は削り取られた。



振動も音も全てが消えた。


「見事だ」


斜め後ろからシグルドの声がした。

綾香は振り返る。

だが、その視線は街を見ていた。


綾香も振り返った。


何もなかったかのように平らな大地。

さっきまであった街の場所には、何もなかった。

家も、人も、赤い実の果樹も。


街はーー。


一瞬で大地になっていた。


シグルドは綾香の横に歩み出て、かつて街があった場所を見下ろした。

彼は街の範囲、地形の変化を細かい文字で書き記している。

静寂の中で、紙を走るペンの音だけが響いた。


カリ、と。


乾いた音が、少し不快だった。


シグルドの背中を見つめながら、綾香の身体が僅かに震える。

杖を握る指が、小刻みに震えていた。


綾香は体が後ろ向きに引っ張られるような感覚でよろめいた。


ザクッ。


地面に杖を突きさして、足に力を入れて立つ。


その音で、シグルドは綾香を振り返る。

こちらに視線を向け、眉を曇らせた。


「綾香?」


シグルドはペンを止め、綾香に歩み寄る。

綾香の視界はゆるやかに回る。

足元の大地が、少しずつ傾いていくような感覚。


光が遠ざかる。

空の青が、ゆっくりと暗く沈んでいく。


シグルドは綾香の背中に片手を添えた。


「呼吸が浅い。顔色も普段より青白いーー魔力不足か」

シグルドの声には、わずかな焦りが混じっていた。


綾香は、杖を持つ手に力を込めた。

多分、体力は限界で。

それでも。


「……休めば、大丈夫です」

シグルドに向けて微笑んだ。


(大丈夫、まだ動ける)


シグルドは綾香の背を支えたまま「塔へ戻る」と言った。


綾香は静かに頷いた。

だが、足に力が入らない。


シグルドの低く短い詠唱が聞こえる。

直後、視界は揺れた。

次の瞬間、景色が変わっていた。



+ + +


転移の光が消え、見慣れた執務室に居た。


綾香は、ほっ、と息を吐く。

次の瞬間、膝から急激に力が抜けた。


「……っ」


身体を支えていた杖は、魔力を失い消滅していた。


シグルドは咄嗟に綾香の肩を支えた。


「立てるか?」


綾香は震える身体で小さく頷いた。


「……大丈夫です」

声が、思った以上に弱かった。

シグルドはその顔を曇らせた。


「今日はこれ以上魔法を使うな」


そういうと、シグルドは綾香の体を支えたまま、再び短く詠唱した。



視界に広がる桜色。

綾香の自室だ。


シグルドは綾香をベッドに座らせ、布団を捲りあげる。


「休め、食事は届ける」


「……はい」

綾香はシグルドの勢いに流されるまま、ベッドに横になった。


その姿をみたシグルドは、静かに部屋をでた。


耳鳴りがするほど、静かな部屋。

綾香は胸元の石を摘まもうと指を動かした。


指先はまだ震えている。

小さな石を摘まむ力が入らない。


綾香は仕方なく両手を胸元に添えた。


(見事だ、か)

耳の奥で響くシグルドの声。



ーー褒めてもらえた。

綾香は白い顔で微笑んだ。

胸元の石が肌に触れるのを感じながら。



短く息を吐き、綾香は考える。

思考の奥にあるものを、必死で手繰り寄せようとした。


そうしないといけない。

そう思うのだが。


真っ暗なトンネルの中に一人で立っているようで。

後ろは何も見えない。

でも、道の先にはシグルドが見える。


目を閉じて、彼を思う。

いつもの整った顔で、無表情のまま机に向かう。


こちらに気づくと、片眉がわずかに動く。


(大丈夫、覚えてる)



綾香はシグルドの言葉に甘え、そのまま意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ