閑話 玉座の王
黒曜石のような色の壁や床。
舞台のように高い天井。
そこに敷かれているのは深紅の絨毯。
この空間は主である王の趣味に合わせて作り上げられた。
漆黒に飲み込まれ、生きて出た者はいない。
民はこの城を、恐れを込めてそう呼んだ。
玉座の間を見渡せる位置に、王の座はある。
黒を基調として作られた玉座。
背面は黒字に赤の刺繍で飾られ、大人が横並びで三人は座れそうな幅がある。
その座面は、見た目とは裏腹に驚くほど柔らかい。
王は自室以外はほぼこの空間で過ごしていた。
ひじ掛けに肩肘を置き、体を斜めに預けながら。
稀に、宰相が訪れ、盤上遊戯を楽しむこともあったが。
「王」
銀糸のような白髪。
深い肌の色。
尖った耳。
ダークエルフの宰相は王へと歩み寄った。
玉座の王は、その姿にちらと目をやり口角を上げた。
「どうせここでは二人だ、気楽に過ごせ、クロード」
クロードと呼ばれた宰相は、「そうさせてもらう」と玉座の隣に置かれた卓へと無遠慮に腰掛ける。
そのまま一人勝手に茶を入れて飲みはじめた。
クロードは、王が幼いころに勉学と魔力の師を務めた人物だ。
入れ替わりの多い王城で、ここまで生き続けている唯一の存在でもあった。
クロードは卓の半分に置かれた盤上遊戯に目を向けていた。
「もう、勝負にすらならん」
駒はほぼ砕かれている。
欠片がひしめくその中で、残ったものは三つの塔と宰相、そして王を模した駒だけ。
「遊戯を続けるなら駒を残しておくべきだったな。砕いたのはお前だ、ギルベルト」
王の目が僅かに曲がる。
その名を呼ばれることが面白い、と。
「クロード、小石三つ投げたら……」
ギルベルトは小さく喉を鳴らし。
「面白くなったぞ」
と、笑った。
「人間は過去に滅びた種族と聞く。また壊す気か?」
ギルベルトはクロードを見つめる。
「能力を覚醒させてみたらな、生殖器官が壊れた」
ひじ掛けに両腕をつくよう、くるりと姿勢をかえ、玉座の上で腹ばいになり。
「増えない種は、どうせいずれ壊れる」
そう、目を細めた。
ギルベルトは瞼を閉じ、あの日を思い出す。
歴史的な標本の復活。
そんなものに興味は無かったが、学者どもが騒ぎ立てるから玉座へ呼んだ。
魔族に似た姿の「人間」。
自分の子種でもない癖に、生意気にも黒目、黒髪。一人はこちらを睨む胆力を見せた。
一人は魔力だけなら、シグルドよりも上。
使い方を覚えれば、多分自分と同様。
だが、いかんせん精神的な弱さが隠せていない。
そしてもう一人は、自分の生命力を削って他人を回復する愚かな存在。
男一人に女二人。
女に至っては、色気があれば試す気にもなるのだが、あれでは幼すぎる。
(幼子に手を出す趣味などない)
ギルベルトは吐き捨てた。
クロードを指先で呼び寄せ、傍に立たせる。
その銀髪を一房指ですくい、口づける。
女は面倒くさい。
子どもも、無能な部下も、滅びた種族も。
「ーーお前の方が幾分マシだ」
片目を瞑り、唇の端を上げて揶揄った。
クロードは「好きにしろ」と、呆れたままお茶を飲む。
その、自分を恐れず慣れた様子にギルベルトは笑う。
「さて、子が死ぬか、俺が死ぬか」
その日が楽しみだ、そう呟いた。




