第二十六話 初めてのおつかい③
※ラファエル寄り三人称
ラファエルは執務机に向かっていた。
しかし書類は一枚も進んでいない。
目を閉じて自分の魔力の波を広げた。
寄せては返す波動に、ラファエルは意識を傾けた。
まだ遠いが、自分の魔力の波をもつ馬車が近づいてきたのがわかる。
ラファエルは思わず窓を見る。
徐々に茜の魔力の波形を確認できた。
手元の書類を閉じて、立ち上がった。
しばらくすると、耳に届く石畳を叩く蹄の音。
ラファエルはすぐに気づいた。
どうやら茜は無事に戻ったらしい。
命の危険は無いと分かっている。
それでも茜の姿を確認するまでは落ち着かなかった。
階下へ降りようとしたその時。
ギィィイーー。
という軽快な音と共に勢いよく木製の扉が開いた。
そして駆け込んでくる軽やかな足あと。
「ラファエルさん! 帰りました!」
ラファエルは、気を揉んでいた事実を忘れそうになる茜の勢いに押されかけた。
「薔薇すごかったです!」
まさかこんなに威勢よく戻ってくるとは想像もしていなかった。
ラファエルの表情は思わず唖然とした。
そんなラファエルの様子を気にもせず、茜は尚も軽く言う。
「あとこれ、エカテリーナさんがラファエルさんにって」
大事そうに抱えた一輪の薔薇。
棘も葉も、切り落としたそのままに。
ラファエルは薔薇をみて、一瞬動きを止めた。
薔薇に思考を奪われていると。
「ラファエルさんの庭、何もないですよね」
かつての庭園が頭をよぎる。
母や使用人たちがいた頃の、あの時間。
「ここもお花植えたら綺麗になりますよ」
ラファエルは静かに目を閉じた。
(……庭、か)
「薔薇も綺麗だけど、可愛いお花をたくさん植えましょうか」
もちろん私がやりますよ、と茜は腕まくりをしてみせた。
荒れた庭園の意味など、茜にはわかるまい。
そう思ったが、「……雑草が増えるだけだ」と一言だけ返した。
茜のエカテリーナの庭談義を聞きながら、階段を上った。
部屋へと戻り、机に薔薇を置いた。
「やっぱり綺麗!」
花の見た目を気にして楽しそうな茜にため息をつく。
正直、薔薇から感じる僅かな魔力に、処分を迷ってきた。
「……」
茜はパチンと手を合わせて鳴らした。
「飾りましょう!」
「待て」
(もう、遅いーーか)
薔薇の花弁は、とくりと小さく脈を打つ。
ラファエルは茜の行動力に頭を抱えた。
視線を上げる頃には、茜は一輪挿しを見つけて意気揚々と抱えてくる。
深いため息を重ねている間に、茜はラファエルの机のどこに薔薇を飾ろうかと動いている。
書類の脇、窓に程近い机の端。
「ここに置きますね!」
一人満足げな表情の茜に、ラファエルは何も言わなかった。
机の上に一輪挿し。
ふと視線が薔薇に落ちる。
薔薇は、静かに揺れていた。
「好きに覗け」
ラファエルは薔薇の主に向けてそう呟いた。
この塔で花が飾られたのは、数百年ぶりのことだった。
+ + +
あれから何日過ぎたか。
薔薇は相変わらず机で華やかに咲いている。
茜はせっせと水を換え、日向に置いてみたりと世話をしていた。
「ラファエルさん! この薔薇ずっと綺麗ですね」
そう目を細めて笑っている。
ラファエルは枯れない理由を理解していたが。
「……そうだな」
と短く答えた。
「この世界の薔薇ってずっと綺麗なんですね」
その単純さは羨ましくもある。
ラファエルには無い思考。
(滅んだ国というのは、茜のような平和な者ばかりだったのだろう)
教えてやるものがいなければ滅んだ当然だが、その役割は自分ではない、とラファエルは思う。
いつか茜も知るだろう、植物が枯れないなら、民の貧困などありえないと言うことを。
ラファエルは薔薇を見る。
傷ひとつない真紅の薔薇。
エカテリーナの象徴ーー。
(永続的の監視魔法か)
世話好きなことだ、と冷ややかに笑った。
茜は机に膝をついて、間近で薔薇を眺めている。
あちらから見たら、さぞ面白い光景だろう。
「ずっと飾れますね」
その言葉に「あぁ」と返した。




