第二十四話 初めてのおつかい①
王城に程近い白銀の塔。
薔薇の庭園に囲まれたその一室にエカテリーナはいた。
机には今朝つまれた薔薇が一輪飾られている他、割り振られた仕事が積まれているが、滞らせたことは一度もない。
鮮やかな赤い羽ペンだけが、静かな部屋にカリカリと
音をたてている。
エカテリーナは顔をあげ、新しく増やした机を見た。
(思えば、便利な道具をもらったものね)
市橋は地頭が良いのか、仕事を割り振ってみたら一つひとつを丁寧にこなしていた。
文字の理解は言語と同じで、魔法で少し足せば問題なかったーーが、一つ言えば十進めてくれるのは単純に助かる。
市橋は今も本を片手に資料を纏めている。
(私のやりたい道を、勝手に解釈する生意気さが憎らしいけれど)
「……嫌いじゃない。悔しいほどに」
吐息に混ぜた小さなささやき。
エカテリーナは思わず口の端を引き上げた。
どこから飛んできたのか、窓辺に一羽の鳥が止まった。
尾羽の長い瑠璃色の綺麗な鳥だ。
その嘴がコツコツとガラスを鳴らした。
エカテリーナは顔を上げ、近づいて窓を開けるが、鳥は慣れているようで逃げない。
「ご苦労様」
エカテリーナは指先で鳥の頬を軽く撫で、足についた書簡を外し、手のひらに幾つかの餌を乗せてやった。
美味しそうに啄むと、小さく「ピィ」と鳴いた。
鳥は新しい役目を待つかのように机の上に移動して、エカテリーナを見上げる。
「お前の忠誠心はなかなかのものね」
エカテリーナは鳥にだけ見えるように微笑んだ。
小さな書簡に入っていた小さな紙切れ。
そこに記された、ただ一行の文字。
その中身に目を細め、口元を引き締めた。
そしてすぐ別の紙に一言書き、細い足に結びつけると、鳥は即座に空へと戻っていった。
手元の書にもう一度目を落とし、エカテリーナは笑う。
「……あの子が動くなんて。退屈に耐えられなくなったのかしら」
くしゃりと紙を握り潰し、炎の魔法で炭にした。
その様子を市橋が顔を上げて見ていた。
「何かあったのか?」
エカテリーナはすぐには答えず、机に戻って薔薇を弄る。花弁をひとつ、ぷちりとちぎった。
「あなたの仲間、うちの弟とずいぶん楽しそうよ」
市橋は眉を寄せ首を傾げた。
「弟……ラファエル、だったか。それがどうした?」
ーー市橋は敏い、が、所詮は滅びた種族。
魔力の波動や、城内の僅かな変化に気づくことはない。
エカテリーナは自分と市橋との根本的な違いを、少しだけ物足りなく感じた。
余程幸せに生きてきたのね、と。
「呑気なものねーー羨ましいわ」
少しだけ、鋭い視線を投げかけた。
+ + +
鳥は書簡を携え、城の最北端を目指した。
数ある門のうちの一つ。
貧民街にほど近い城門の脇に建つ、石造の寂れた塔。
その上階にある継承権第三位、ラファエルの執務室の窓枠で羽を休めた。
鳥はコツコツと合図をだす。
二回規則正しい音で知らせるのは訓練された伝書鳥の合図。
窓は内側からギイッと鈍い音を立てて開いた。
窓から顔を出した茜は、間近で見ても逃げない鳥に興味津々の様子だ。
「鳥ですよ!ラファエルさん」
ラファエルはその素直すぎる感想にため息をつく。
伝書鳥を使うという事の意味を、茜はただの手紙のやり取りだと思っているらしい。
「……こい」
ラファエルは人差し指を曲げ、腕を鳥に向かって差し出した。
クルルルルッと鳴き声をあげ、鳥は器用に指を止まり木に使う。
「……瑠璃色、か」
「珍しいですね、すっごく綺麗です」
ラファエルは鳥から書簡を外し、茜の肩へ乗せた。
茜は逃げない鳥を撫でている。
ラファエルは茜から視線を外し、手元の書簡を開ける。巻かれた書をするすると広げ、記された一文に目が一瞬止まる。くしゃり、と音がでるほどに、紙を持つ手に力がはいった。
ラファエルもまた、小さな紙を即座に燃やし尽くした。
(気づいたか)
ラファエルは舞う灰を氷のような表情で眺めた。
(やはり、あれは拾われていたーー)
この一文は、警告か。
――最近、波形が乱れているわよ。
今まで隠れるのが上手だったのに、鈍ったのかしら。
退屈しのぎなら、もっと上手くやりなさい。
追伸、父は、暇を持て余しているわ。
誰である、とは書いていない。
しかし彼女が好む瑠璃色の伝書鳥と、隠す気のない文章……。
拾ったのは王ではない。
(余計な世話だ)
そう心の中で呟いた。
「茜、その鳥を籠に入れて持ち主の侍従に届けろ。侍従の名は、市橋、と言ったか」
茜は籠を探しに部屋をでる。
ラファエルは、伝書鳥で書簡が届いた時に感じた胸のざわめきが落ち着いていることに口元を歪めたが、鳥を運んで塔を出た茜の背中を見送った。




