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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第二十三話  芽吹き②

私には思いもよらなかった。


ラファエルさんが空を見上げたとほぼ同時刻、遠く離れた王城の中心にその人がいたことに。




+ + +



重厚感のある扉の内側。

真紅の絨毯の行き着く先に王はいた。


時間の流れなどとうに忘れたその人は、誰も居ない空間で静かに目を閉じ玉座に座る。


耳鳴りが聞こえるほど、音のない時間を過ごしていたが。


「……今のは」


「錯覚か?」


薄く片目を開き、また閉じた。


口元が、わずかに歪んだ。




+ + +


教会に戻ると、横に作られた馬止めから、ラファエルさんが二頭の馬を引いてきた。


荷馬車に繋ぎかえる今も、ネレイナの耳は斜めのまま俯いている。

双葉を見つけた時の喜びがあったから、なおさら今の状況がつらかった。



私は「また来るね」という言葉をうまく言えなくて、ネレイナを抱きしめた。

ネレイナは口をきゅっと結び、私の腕からするりと抜けてラファエルさんに近づく。


ラファエルさんを見上げ「つぎは、まほう、つかわない」と涙目で伝えている。


ラファエルさんはその頭を軽く撫でた。


「守ろうとしたことは間違いではない」


そう言って馬車へと乗り込んだ。

私はネレイナが見えなくなるまで手を振った。




パカパカと軽快な蹄の音が響く。

夕暮れの光が馬車を赤く染めていた。


でも、私は膝を抱えて涙を堪えていた。

悔しかった。

私がちゃんと見ていればよかった。


「一番近くにいたのに……」

心がポツリと口から溢れる。



「お前は畑を見ていた」

呟きを拾って、ラファエルさんが静かに答えた。




帰りはただ、顔を伏せ、蹄の音と手綱の軋み、馬の呼吸音を聞いていた。

自分の不甲斐なさが、苦しかった。




それでも塔に戻ると少しだけ呼吸がしやすくなる。

この場所が自分に馴染んできたように思えた。



長椅子に腰をかけ、思わずため息をつく。



目の前では黙々とラファエルさんが手袋を外したり、上着を椅子にかけていた。



(私に何ができただろう……)

不安に潰されそうで、明確な答えが欲しい。


何度目かのため息をついたときーー。



「寝ろ」


ラファエルさんはそういうと、窓際の空間に向けてパチンと指を鳴らした。


その音に目を向けると、彼の指先が僅かに歪む。

空間が裂けるように揺れ、簡素な寝台が現れた。



「魔法……」

「ここでなら読まれることはない」


思わずくすりと笑みがこぼれる。


「……豪華すぎません?」


「最低限だ」

彼の口元もわずかに緩む。


貴重なものを見た気がして少しだけ元気をもらえた気がする。

「長椅子よりずっといいです」

言って、また笑った。


ラファエルさんは呆れたように眉を動かし「倒れられたら面倒だ」ーーこんな、いつものやり取り。


寝台の上の毛布に手を滑らすと、包み込むように柔らかな感触。


私は寝台で毛布にくるまった。


「今日は、ありがとうございました。楽しかったです。芽、出てましたし」


ラファエルさんは少しだけ間を置いて「ああ」と返事をくれた。


「……寝ろ」


そして彼が灯りを落とした。

眠れないかもしれない、そんな緊張もあったが、久しぶりのベッドの寝心地と毛布の感触を堪能しているうちに私の意識は眠りに落ちていた。


「ラファエルさん、また芽、見に行きましょうね……」

そのお願いに、低くて穏やかな「ああ」という声が聞こえたのは、夢だったのか。



+ + +




灯りを消してすぐ、茜の呼吸が浅く変化した。

思った以上に疲弊していたようだ、とラファエルは思う。


音をたてぬようそっと窓に近づき空を見た。

王の波形に変化はない。


いつもと変わらぬ位置に在る。

ラファエルはしばらく目を開けたままその波形を見つめていた。


(今夜は、まだ何も起きない)


知らず潜めていた呼吸を吐き出し、目を閉じる。

茜の気配を背に、自室へと戻った。


王城は、まだ遠い。

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