第二十二話 芽吹き①
みんなで畑を耕してから一週間が過ぎていた。
私があまりに窓の外を気にしてそわそわしていたからか、ラファエルさんは「ーー行くか」と連れ出してくれた。
また荷馬車の旅ーーお尻に気合をいれて覚悟を決めていたが、馬車の様子が少し変化していた。
御者台にクッションが敷き詰められ、固定されている。
私は思わずラファエルさんを見た。
「落ち着きなく動かれると気が散るからな……」
手綱を手にして、前から視線を離さない。
おかげで私は馬車から見える景色を思う存分楽しめた。
城の中にあるいくつもの塔。
それは王妃様や側妃様の数だけあるのだと道すがら教えてくれた。
深紅の薔薇に囲まれているらしいエカテリーナさんの豪華な塔や、蔦で覆われているらしいシグルドさんの堅牢な塔。もしそこに住むとしたら、想像するだけでも緊張する。
市橋さんと横山さんは今どうしているだろう。
あの国は、家族は滅んだのだろうか。
まだ正直実感が全くない。
だからこそ考えると動けなくなりそうで、私は思い切り頭を振った。
気を取り直してーー十二本目まで数えたけど、まだ奥にもあると知り、数えるのをやめた。
魔族は一夫多妻制なんだろうか。
ついラファエルさんの貌を眺める。
冷静に考えたら、彼は王子様である。
物語だと幼い時に決められた婚約者の存在が! となる展開も多いのに。
こちらに来てから、多分彼と親しくする女性の姿を見たことがない。
ううむ……、と私なりの分析をしていると。
「茜の貌は千変万化だな、よく疲れないものだ」
そう言って口の端を上げた。
どこかで見た笑い方。
「エカテリーナさんだ」
「は?」
ラファエルさんが馬車を止め、警戒したように周囲を見回す。
「すいません、違うんです。笑い方が似てるなってーー兄弟だからですか?」
ラファエルさんの眉間に深い皺が刻まれた。
先ほどまでの緩みは消えている。
馬車を止めさせたことか、それとも継承争いなんて繊細な状況なのに争う相手の名前をだしたからか、それとも。
可能性はいくつもある、が。
この表情は私にもわかる、不機嫌だ。
「半分とはいえ血は繋がっているからか、それとも王に似た容姿をもつ者同士だからか。そんなところだろうな」
それでも分析して教えてくれるのはちょっと嬉しい。
「ラファエルさん、今日は芽、出てると思いますか?」
教会に近づくにつれ、不安もよぎる。
こうして物資を運び続ければ食べ物は届けられる。
でも、私たちが食料を送れないような状況になったら?
私たちが、消えてしまったら。
トトやネレイナたちはどう生きていくんだろう……。
「種や苗を植えたのが翌日だと計算したら、早いものであれば発芽の可能性はある」
私の不安が吹き飛ぶくらい、現実的な答えだった。
「なら、ちょっとだけ楽しみにしてますね!」
そしてまた景色を眺めることにした。
+ + +
教会についてすぐ、ネレイナと一緒に畑へ向かった。
大人たちは何人かに分かれて仕事をしているらしい。
ネレイナはトトやほかの僅かな子どもたちと教会で過ごす時間が多いのだとか。
「今日は茜と一緒だからいいの!」
そう言って手を引いてくれる。
畑までの僅かな距離を楽しそうに歩く姿が、嬉しくもあり、少しだけ申し訳なく思えた。
もっとのびのび遊べたらいいのに。
あれから大人たちはどれほどの努力を積み重ねたのか。
一面しかなかった畑は四面に増え、二つには野菜の苗や果樹が植えられ、二つには種が撒かれていた。
でも、数ある畝の、どこにもいまだ緑は見えなかった。
「茜ー、前こっちに大きなみみずいたのよ!」
嬉々として手を引っ張ってくれるが、ミミズとの対面は少し遠慮したい。
そんな複雑な気持ちをよそに、ネレイナは畝の隣にしゃがみ込み土を弄る。
小さな指が土をそろそろと崩していた時、ネレイナが「あ」と一言だけ呟いて動きを止めた。
「……茜? これ、お野菜のあかちゃん?」
私はネレイナの隣にしゃがみこみ、小さな手で、触れないように大切に囲まれた双葉をみた。
「ラファエルさん! これってーー」
私とネレイナがラファエルさんを見上げる。
「土の質、環境に適した種子、必要な発芽条件は満たしていた……当然の結果だ」
彼も腰を落とし、隣の畝に触れる。
目を凝らせば、ほかにも緑が覗いている。
「……失敗する可能性はゼロではなかったが、育ったな」
一瞬だけ彼の口元が、柔らかく微笑んでいるように見えたのは、きっと気のせいじゃない。
その貌を一番近くで見ていたネレイナが、とっても嬉しそうだったから。
「柵でも直すか」
ラファエルさんは道具を片手にそばの柵を結びなおしている。
資材も運んできたが、不足分は廃材も利用したから細かいメンテナンスが必要なのかもしれない。
私はネレイナと井戸水を汲みに行く。
駆け出しそうな様子に、普段大人たちがやっていることをお手伝いしたいのかもしれない、と思った。
「はやく大きくなーれ!」
ネレイナが桶に入れた水を撒こうとしたとき、一人の大人の獣人がラファエルさんに近寄ってきた。
まだ何もない畝にしか見えなかったからか、彼は柔らかな畑の土に足をとられ、双葉の上へとよろめいた。
「ーーだめっ!」
ネレイナが光った、ように見えた。
一瞬の魔力。
獣人のよろめいた位置が少しだけズレて、畝の間にしゃがみ込む。
たったそれだけの魔力。
双葉は無事だった。
それでも。
私は思わずラファエルさんを見た。
ラファエルさんはネレイナに駆け寄り、腰を落とした。
「魔力は使うなと言ったはずだ」
目線を合わせ、諭すような低い声。
ラファエルさんが怒ってはいないのはわかるが、ネレイナの耳がぺたりと伏せる。
わざと使ったわけじゃない。
守りたかっただけなのにーーと。
私はネレイナを抱きしめた。
ラファエルさんは自分の指先を僅かに握った。
「……微弱だが」
視線は遠く王城のある方角の空を、ただ見上げていた。
しばらくして何も言わず立ち上がると、周囲にいる全員に「今日はここまでだ」と声をかけた。
腕の中のネレイナに「水やりは明日だ」と伝え、小刻みに震える耳ごと頭を一撫でしたのは、慰めかもしれない。
低い声は、いつもより少しだけ硬かった。




