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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第一章  王城編

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第二十一話  教会④

ネレイナの「ずるい!」や「私もあったかいの欲しい!」の言葉に、ラファエルさんは両手を挙げた。


「ーーこの件は保留だ。今はネレイナたちの生活基盤を整える」

そう話しを終わらせた。


ネレイナはちょっとだけ不服そうだったが、「まずは畑を作るぞ」の言葉に嬉しそうだ。



外に出た私たちの目の前には、まだ崩れた建物が多くのこる土地。

雑草だらけの荒れた敷地が、かつて畑だったであろう場所ーー。

先にいた人たちが手分けして進めてくれているが、ここで作物が育つにはどれくらいの時間がかかるだろう。


元々街で生活していたからか、みんな慣れない手つきで黙々と働いていた。


荷物の搬入や建物の片付けは、また別の大人たちが頑張っている。


なら、私ができることをするしかない。

私が何から手をつけていいかわからず戸惑っていると、ラファエルさんは無言で袖を捲って畑に向かって歩き出した。



ネレイナは大きな(くわ)を担ぐ気満々の様子だったが、流石にそれは無謀なので私が受け取った。

ネレイナに隅っこの草むしりを任せ、背中で眠ったままのトトは布を敷いた籠に寝かせて目が届くところに置いた。


(さぁ、やるぞ!)


私は意気込んで鍬を握った。

想像より重くて長い。

私は思い切り振りかぶったーーつもりだったが、勢いが良すぎて後ろ向きに倒れそうになった。

畑とはいえ耕してない地面。痛みを覚悟したが、いつのまにか背後に居たラファエルさんが背中を支えてくれた。

そして彼はそのままするっと鍬を抜き取ると、小さな片手鍬を手渡してくれた。


「隅は耕しにくい、それを使え」

「ついでにネレイナとトトを見ていろ」


……さっきのお菓子といい、ラファエルさんは小さい子に甘いのかもしれない。


「ありがとう、ラファエルさん」


彼は背中を向け歩き出していたが、返事の代わりに片手を上げてくれた。

言われた通りに隅へ行き、ネレイナの側をサクサクと耕す。



隣で「みみずー」とか「きれいな石っ!」と一生懸命に報告してくれるネレイナに癒されながら、ひたすらに隅を耕す。


ラファエルさんは少し離れた場所をみんなと耕している。

慣れた手つきで鍬を振るいながらも、時折こちらを確認するように視線をくれた。



小さな鍬でも、慣れないせいか小一時間もしたら手が真っ赤だ。

日本の畑と比べてここの地面が固いからかもしれない。

指の付け根に軽く水ぶくれができて地味に痛い。

それでも土にまみれた手が少しだけ誇らしく思えた。


「あかねー! お揃いっ」

ラファエルさんの影響か、ネレイナも私を茜と呼ぶようになった。

この世界でも、ちゃんと発音してもらえるのは正直嬉しい。


泥だらけの小さな掌。

私の土だらけの手。

並べると確かにお揃いだ。


私たちのやり取りに気づいたのか、ラファエルさんが無言で近づいてきた。

「それ以上削るな」そう言って懐から白い布を差し出す。


さっきは焼き菓子、今は布……あの懐にはほかに何が入っているんだろう。


「その手は損耗だ」


冷たい言葉。

でも。

私は胸を張って言う。


「これは努力の証です」

「削れたって、ちゃんと意味がある削れ方なんです」


手は痛いけど、畑の隅は自画自賛したいくらい丁寧に耕したんだから。



ネレイナと泥だらけの手を見せる。

ラファエルの手も同じくらい汚れていた。


「おんなじー」

みんなで畑を作り出しているという実感に胸が温かい。


「……見せろ」


短い声に顔を上げると、ラファエルさんがすぐそばに立っていた。


「え?」


「手だ」


素直に差し出すと、赤くなった掌を一瞥する。

別の布で素早く土を落としてくれる。


「このくらい平気ですよ?」


せっかくだからと布を巻こうとしたが、片手でうまく巻けずにごそごそしていると、聞きなれてきた深いため息が落ちた。


「貸せ」


乱暴に言ったくせに、指先は妙に丁寧だった。

結び目がきゅ、と締まる。


「……ありがとう」


返事はない。

代わりに背中越しの声。


「倒れられる方が面倒だ」


もうラファエルさんに慣れた様子のネレイナが言う。


「ラファエルさん、やさしいー!」


「……違う。合理だ」


振り返らなかったから、どんな貌をしているのかはわからなかった。





+ + +


気づけば夕暮れになっていた。

目の前に一面だけ完成した畑。

たった一面だけど、ここに種や苗を植えられる。


ラファエルさんがみんなに声をかけた。


「じき夜になる。ここまでにしようーー魔力も使わず、よく頑張った」


彼の口からきく初めての素直なねぎらいの言葉。

こんなにもいろいろな種族がいるのに、魔力の使用を禁じるのは大変だっただろう。

それでも「これからも極力魔力は使うな、王は敏い」と警告した。


大人たち全員が頷く姿に、私も気を引き締めた。



畑に向け、ぽつりと誰かが言った。


「ここに種を植えられますかね」


ラファエルさんが土を握る。


「育てる」



夕日に照らされた、小さな畑の一区画。

まだ何も植わっていない土が、やけに頼もしく思えた。



「積み荷の中に種や苗はある。明日からは自分たちで回していけ」

「確認したが、井戸水も生きている」


ラファエルさんの言葉に、寝起きのトトを抱いたネレイナはさみしそうだった。


「また来ますね」

「ネレイナ、今度は手袋持ってくるから、いっぱい畑を広げようね!」


小さな約束が、ネレイナを笑顔にかえてくれた。


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