第十九話 教会②
「お姉ちゃん!」
そう笑顔で駆け寄ってきたのは昨日の少女。
私はホッと胸を撫で下ろす。あの時の怯えは、もうない。
この子にとって、私は「敵」ではなくなった事が少しだけ嬉しかった。
ラファエルさんは少女と再会した私に「子どもの世話でもしていろ」と言い、多分休ませてくれたのだろう。
彼は街の人たちと、淡々と物資を運び入れていた。
「お姉ちゃんは何族?」
弟のトトくんを背負った少女が訊く。
人間、というのは答えていいのだろうか。
それでも、この子たちに隠す必要はない気がする。
「私はね、人間。 名前は茜だよ」
何でもないことのように答えた。
少女は大きく口を開けた後、両手で口元を覆いでふふっと笑う。
その笑顔は子ども特有の可愛さがある。
「私はネレイナ、人狼族で六歳だよ。お名前言ってなかったね」と、ネレイナは楽しそうに笑う。
人狼というと、もっと狼に近い姿を想像していた。
私はネレイナに尋ねた。
「ネレイナの顔は私たちと同じなんだね」
ネレイナはまたもおかしそうに笑った。
「お姉ちゃん、私たちの姿は二つなの。狼か人か」
それでもネレイナの頭の両側からはフサフサとした耳が生えている。
ぴこぴこと動く耳を興味深く見ていたら、ネレイナは器用に耳をぺたりと畳んでみせた。
「わたしやトトはまだ子供だからお耳を隠せないの。大人になったらお耳も隠せるのよ?」
あと、と説明を続ける。
「わたしたちが変身した時のお顔で歩いてるのはコボルト族なのよ」
まるで小さな先生だ。
「ありがとう、ネレイナは物知りね」
お礼を伝えてその手に触れた。
ネレイナは何の迷いもなく私に笑いかける。
私も、この真っすぐな感情に喜びがこみ上げる。
私の手と、ネレイナの手。
触れ合う場所がじんわりと穏やかな熱を持つ。
ゆっくりと混ざり合って染み込むような感覚に、息が深くなる。
ふとみると、掌に魔力の輪郭がみえた。
「……茜?」
ラファエルさんが手を止めこちらへ走ってきた。
その声は低く、僅かに硬かった。
そのまま私とネレイナを連れ、教会の一室へと駆け込んだ。
+ + +
まだ荷が積まれたままの、埃の舞う小部屋。
ラファエルさんは私とネレイナを連れてこの部屋へ来た。
「手を出してみろ」
言われて私たちは同時にラファエルさんに手を差し出す。
きょとんとした顔のネレイナと、多分私も同じ顔をしているのだろう。
触れる指先が熱を持つ。
昨日のようにラファエルさんが私に魔力を流しているようだ。
温度の変化が慣れなくて、思わず手を引っ込みかける。
「動くな」
と素早い静止がかかる。
「手を離すな」
真顔のラファエルさんが言う。
多分、好きな人に言われたら嬉しい言葉なのかな……なんて、場違いな事を考えている自分に苦笑した。
「うひゃっ」
ネレイナの耳がぺたりと伏せる。
どうやら次はネレイナを確認している。
「ぞわぞわするー」
と言いながら耐えているネレイナ。
きっと狼の姿なら尻尾を丸めているかもしれないと思うと、ちょっと可愛らしい。
大丈夫だよ、と安心させたくてもう一度手を繋ぐ。
ネレイナも笑顔でぎゅっと力を入れた。
(子どもの体温ってあったかい)
呑気に癒されていた時、ラファエルさんがその手を凝視した。
「これか……なぜだ?」
私たちの手を持ち上げて眺めている。
そして徐にネレイナと手を繋いでみたり、かと思えば私と手を繋いで首を傾げている。
「何かあったんですか?」
「お前とネレイナの魔力は異なるーーが、六割近く混ざる」
「俺はお前に渡すことはできるが、一割も満たず効率が悪い……」
一人ぶつぶつと考察しているから、私とネレイナの頭にはハテナが浮かんでいるに違いない。
再びネレイナの手をとり唸る。
「何故だ? 送ることも混ざることもほとんどない……拒絶?」
言われたネレイナの耳はもはや髪と同化している。
私の手を握ってぷるぷると震えているところをみると、怖がっているのかもしれない。
仕方ない、と助け船をだす。
「ネレイナ、ラファエルさんは夜明け前から物資を用意してくれてたんだよ。……優しい人、だと思う」
言い切れるほどラファエルさんを知らないけど、多分きっとそんな感じがする。




