第十八話 教会 ①
窓から朝の光が差し込みはじめる。
頬にゆっくりと柔らかな温度が伝わり、今日は晴天になる、そう感じた。
「茜ーー」
起こしてくれたのは、お母さんだろうか。
「茜」
意外にも低い声。
お父さんにしては、よく響く声だ。
……違う。
「……ちっ」
舌打ち?
だんだんと意識がはっきりしてきた。
目を開けると、布張りの長椅子の背が視界に飛び込んでくる。
寝返りのフリをして向きをかえた。
誰かの、膝。
その誰かが誰であるかは即座に理解した。
「お、おはようございます」
勢いよく体を起こし、長椅子の上で正座する。
「……目覚めはいいのだな」
片方の眉を器用にあげて、なんだか呆れたような表情だ。
「物資は手配した」
当然のように告げる。
「馬車に積み込んである」
「馬車」
……ほどなくして、私たちは馬車へ乗りこんだ。
馬車はイメージ通りの馬車だった。
王様が乗るような豪華な馬車ではなく、幌がついた完全な荷馬車。
馬の脚が六本あったけれど、劇的な変化でもなかったから、そういうものかと受け入れた。
そんな荷馬車を何台も引き連れて教会へ向かう、と聞いている。
御者台には私とラファエルさんしかいない。
ほかの荷馬車は馬しかいないのに、器用に後ろをついてくるから不思議だ。
ぽっくりぽっくり地面を蹴る蹄の音が響く。
ーー正直なところ、また魔法で転移するのかと思っていた。
そのほうが安全に沢山のものを届けられるのでは、と。
その疑問が顔に出ていたのか、ラファエルさんは説明してくれた。
「王は敏い。命令もなく魔力を使えばこちらを意識するだろう」
「興味を持たれたら、守れない」
玉座での王の姿を思い出し、背筋がすっと冷たくなるのを感じた。
「馬車でなら……大丈夫なんですか?」
「王は魔力の波形を読む。転移を使えるものは限られている」
「だが馬車ならば、ただの物流に過ぎない」
疑問に答えてくれただけなのに、胸の奥の緊張感がほどける。
せっかくの初めての馬車だ。
私は外の景色へと視線を向ける。
転移魔法がどれだけ楽だったか、すぐに思い知ることになる。
荷馬車はお尻が痛い。
クッションが欲しい。
振動や衝撃が尾てい骨を直撃している。
同じ条件のはずなのに、隣に座るラファエルさんは、片手で手綱を操りながら微動だにしない。
この振動を何とも思っていない顔だ。
それから半日近く、私は何度もごそごそと姿勢を変え続けた。
ラファエルさんは「少しは落ち着け」って何度も言ってきたけど、落ち着けるはずもなかった。
+ + +
教会の前で馬車が止まった。
待ち望んだ瞬間だった。
馬車から降りようと腰を浮かす。
「いっ……」
お尻が、物理的に死にそうな事実に気づく。
勢いで降りようと思ったが、あまりの痛みにバランスを崩した。
あっと思った時には、私の身体は斜めに滑り落ちていた。
衝撃に備えて目をぎゅっと閉じたーーが、衝撃が来ないことに一拍遅れて気づく。
ふわりとラファエルさんの片腕で抱えられていた。
眉間にしわを寄せ、ため息をつく。
「足元くらいは見ろ」
当然のお叱りだ。
「す、すみません……」
だってお尻が痛かったんだもん。
口には出せない代わりに、心の中で反論した。
ラファエルさんは私を地面に立たせると、荷物を担いで教会へと入っていった。
何事もなかったように歩いていく背中。
私も手近な荷物を抱え、その背中を追いかけた。
一歩あるくごとに衝撃が走る。
「前の世界なら、こんなの一瞬で治せたのに」
思わず小声でぼやく。
(今は、そう簡単には使えない)
痛みをごまかすように歩き出す。
ーーそれでも。
「痛いなぁ……」
ふと前を見ると、ラファエルさんが一瞬だけ振り返った。
彼の視線は「遅い」とでも言っているようだったけど、歩く速度は少しだけ遅くなったように思えた。




