第十七話 見放された土地③
あの時、意識を失い倒れた茜を抱き上げ、残る者たちに明日の予定を取り付けてここへ戻ってきた。
同じ場所に時間だけが積もったようだった。
茜はまた長椅子ですうすうと静かな寝息を立てている。
慌ただしい一日だった。
ラファエルは深いため息をついた。
(父ーーとは呼びたくないが、王の気まぐれにも程がある)
しかし、あの教会に居た存在するはずのない者たち……。
誰が飛ばした?
長兄である異母兄シグルドならば、彼らを生かさず迷いなく消すだろう。異母姉であるエカテリーナはうまくやっていると思うが、あの父には表立って逆らえまい。
ーーだが。
いくつかの違和感を思い出す。
気づけば視線は茜に落ちていた。
その時、茜が寝返りをうち、その目がゆっくりと開かれた。
「ここ、は」
焦点がまだ定まっていない様子の茜に向け「戻った」ーーそう短く告げると、茜は表情を崩し、突然泣き出した。
堰を切ったように涙が溢れる。
「助けたかったです」
「この目でみたもの全部」
しゃくり上げながら涙を流す茜を見つめる。
無謀な事をーー。
理解できない。
失ったものは戻らない。
ならば嘆く意味などない。
茜の能力で全てを助けられるわけがない。
今回の十数人でさえ、限界を超えているように見えた。
救えた事実だけを数えればいい。
(だからこそ俺が魔力を押し込んだというのに)
十押し込んで一残るかどうか、そんな効率の悪さにラファエルは苛立ちを覚えたが……。
しかし、少女と赤子と茜。
この三人は魔力を循環させていた。
誰かを削ったようにも思えない。
茜の回復ではない。
「茜、と呼ぶが、いいか」
ーーなんの確認だ、とラファエルは思う。
茜は泣きながらこくこくと頷いた。
「茜、赤子と少女から奪ったか?」
その質問に溢れそうなほど目を開いた。
驚いた拍子に涙は止まったが、言葉も出ない様子だ。
「ならば、お前は……誰から奪った?」
茜はこてんと首を傾げながら「誰からも」とだけ答えた。
この世界では「回復=奪うもの」だ。
強者が弱者から吸い上げるもの。
分け与えることなど、ありえない。
それが「当たり前」だった。
やはり茜は違う。
彼女は、自分を削るだけで、奪わない。
それどころか、赤子や少女と触れ合うことで削れたものが少しだけ『戻った』のがわかった。
触れていた二人からは、生命力の変化も、呼吸の変化すら感じなかったがーー。
あれは偶然か、それとも理そのものが違うのか……。
回復の理は捻じ曲げられた。
多分王はその異常さに気づいていない。
腕を組み、無言で壁にもたれる。
茜の頭がフラフラと前後に揺れる。
どうやら眠りに落ちそうだ。
長椅子とは言え、落ちると痛みくらいはあるだろう。
ラファエルは茜の肩を押し、身体を横にする。
そしてすぐ、彼女の口から規則正しい浅い寝息が聞こえ始めた。
眩しくては疲れも癒えるまい。
部屋の灯りを残りが短くなっていた蝋燭一本に減らした。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の灯が、茜の横顔を照らす。
彼女の髪が目元を隠しそうで、そっと手を伸ばした。
その貌が、視界から隠れてしまいそうで。
触れた瞬間、指先で茜の体温を確かめている自分がいた。
呼吸は安定し、脈も正常。
異常はない。
何の問題もないはずだ。
……ならば、なぜ手を引けない。
そんな無意識の行動に理解ができない。
「……面倒な存在だ、お前は」
それでも、ラファエルは眠る茜から目をそらせなかった。
茜の行動が「愚か」だと思う。
ーーだが。
茜がいなければ、救えなかった命もある。
ラファエルは茜の涙の跡にそっと触れる。
「乾いたか」
茜を見つめるたび、胸の奥がざわめくが、気のせいだーーそう思うことにした。
茜を照らす蝋燭の灯が、短くなって消えるまで、視線は離れなかった。




