第十六話 見放された土地②
祈るごとに削れるのは、私の熱。
あの世界では聖女ともてはやされたが、ここでは初心者同然の回復力しかない。
それでも、目の前の少女の頬に血色が戻るのを感じた。
「ーー大丈夫?」
私は祈りながら語りかけた。
少女の目から涙がこぼれる。
少女は何度もなんども目を擦った。
「街が……燃えて」
「弟を置いてきちゃった」
拭っても追いつかないほど、涙がとめどなくこぼれ続ける。
「私はどうしたらいいの?」
真っ直ぐなその問いに答えられなかった。
少女の背後にいる者たちも、同じだろう。
彼らは目に見えて疲弊している。
病気はかろうじて治療できたが、この環境でまともに生活できるはずもない。
この世界はどこに救済があるの?
日本ならこんな時、必ず避難所がある。
被災地以外からたくさんのボランティアが来てくれて。
温かい炊き出しがあって、誰かが手早く名簿をつくって、はぐれた家族を見つけてくれて……。
きっと「大丈夫ですか」って声を掛け合えるのに。
少女を救えたと思ったのに。
この先、私は何ができるの。
自分の無力さに涙が溢れる。
無責任に助けた。
なんの支援もできないのに。
ラファエルさんが、またため息をついた。
考えなしの行動だと呆れているのだろうか。
「この数だけなら飛ばせる」
ラファエルさんは彼らに言った。
「二度とここには戻れない」
ーー処理されるから、と言わなかったのは、彼なりの配慮だろうか。
「たとえ過酷な土地だとしても、生きたいか」
その提案に頷かなかった人はいなかった。
ラファエルさんは、手をかざし、私たち全員を薄い膜で包む。
隣で不安がる少女を抱きしめたが、ラファエルさんは私が少女に触れたことを止めなかった。
浮遊感ののち視界が暗転した。
瞼を閉じていなかったのに、光が戻った時には荒野が広がっていた。
乾いた風と、土の匂い。
そこにある雑草がすれる音……。
かつて街があったであろう場所。
自然に朽ちた建物から考えると、いつから人の手が離れたのか……。
はずれには屋根が半分落ちた教会が見えた。
さっきみたいに処理され、燃やされたわけじゃない、けれど。
「……ここ?」
私は思わず絶句した。
しかし、一緒に来た彼らは違う印象を受けたようだった。
あたりを見回しているが、その表情から絶望は感じられない。
ラファエルは、年長者とみられる尖った耳の男に「明日にでも最低限の物資と、農業に必要な種子や苗は届けよう」と話している。
農地だった場所はあるようだが、膨大な量の雑草や樹木を何とかすることから始めるの?
疲弊した人たち人に、土地を整地するところから始めろというの?
私の感覚は、まだ『救われる』側のままーー。
「もう一度ここから始められる」
そんな前向きな言葉が聞こえ、自分がいかに誰かに甘えて生きてきたかを思い知らされた。
今夜の宿を作るべく、教会へと足を動かす。
教会の全容が見えてきたその時、ラファエルさんは「ここで待て」と皆を制した。
私でもわかる、誰かの気配。
ラファエルさんが近づき、中の誰かと会話をしているようだ。そして、私たちに手招きした。
中からいろいろな人が顔を出す。
獣人や、エルフ、魔族や竜人。
あちらの世界で見慣れた異種族の交流ーー。
その中で、一人の老婆が赤ちゃんを腕に抱いていた。
少女が駆け出した。
「トトっ!」
トト、というのは赤ちゃんの名前だろうか。
老婆に抱き着く勢いで、少女は駆け寄った。
「お姉ちゃん、ありがとう! トト、生きてた!」
泣きながら赤ちゃんを抱きしめて頬を寄せる。
その子は無邪気にその頬をつかんでいた。
私も赤ちゃんに近寄った。
手を差し伸べると、私の指をぎゅっと掴む。
それだけなのに、私は嬉しくて嗚咽をあげた。
赤ちゃんから伝わる温もりと、突然泣き出した私を心配そうにさする少女の手。
動物や子供、赤ちゃんはあちらの世界でも癒しだった。
癒し。
癒されているーー削れたものが。
私は自分の掌をみつめた。
開いて、その指先まで緩やかに魔力がしみこむ。
決して多くはないが、確かな回復魔法。
少女や赤ちゃんに削れた様子はない。
驚いてラファエルさんに視線を向けると、彼もまたこちらを見ていた。
彼の目も、大きく見開いている。
彼は私たちに近寄ると、三人に触れ、魔力の流れを確認しているようだった。
その時足元がぐらりと揺れた。
揺れたのは自分だったと、ラファエルさんの右腕に抱えられたときに気づいた。
「削りすぎたかーー」
低い声が遠くなる。
私の視界に映るのは、彼の横顔だけだった。




