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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第四十九話  教会の後継者①

空には一番星が輝いていた。

畑から見える沈む夕陽が、ゆっくりと夜空へ色を変える。


最後まで三人で笑い合った。

そのうちに二人の身体は空気に溶けるように消え、トトだけが残された。


「ははっ……は……うっ……うぅ」


笑い声は次第に泣き声へと変わる。

元々涙は堪えられなかった。

それでも。


(最後まで笑顔を見せられただろうか)


林檎の樹に手を当て、トトは泣き続けた。

振り返るとネレイナとクラウスの家には温もりのある灯りが灯る。


「明日、必ず伝えるから」


今、新しい命の誕生を祝っているであろう二人に、どうしても両親の消滅を伝えに行く気にはなれなかった。

ネレイナから叱りを受ける覚悟を決め、トトは林檎の樹にもたれ掛かる。


考えが纏まらない。

目の前の現実と、大きすぎる喪失感。

トトはただ、泣くことしかできなかった。


(25歳にもなって、情けない……)


その時、目の前の空気がぶおんと振動する。

毛穴が開くようなぴりぴりとした感覚。


何もなかった空間に、青い文字で刻まれた銀の魔法陣が現れた。

ゆっくりと丁寧に発動する、見慣れた転移の魔法陣。


両親が溶けるように消えた場所から、その人は現れた。

父に似た容姿で、片眼鏡が似合う。

その人は、この国の宰相であり、義理の伯父でもあるシグルドだった。


顔を見た瞬間、張り詰めていたものが砕けた。


「……伯父さん」


トトの泣き腫らした目に、シグルドは手をかざした。

涼やかな魔力が流れ、目元の熱が引いていく。


「あれほどの魔力の消滅であれば、流石に気づく」


シグルドは何も聞かず、ただ立ちすくむトトをぐいと引き寄せ抱き締めた。

トトよりも遥かに長身の伯父の胸は、宰相なのに固くて逞しい。

せっかく冷やしてもらったのに、トトの目からはまた大粒の涙が溢れた。


「伯父さん……」


トトは嗚咽をあげる。

シグルドは腕の中のトトが落ち着くまで、胸を貸し続けた。


「苦しんだか?」


短い言葉に、トトはくしゃくしゃの顔を上げて答える。

シグルドの目をしっかりと見つめて。


「二人は、笑顔で生き切りました。最期まで、穏やかな笑い声を響かせて……」


突然の別離は、悲しみも穏やかなものだった。

それでも、こんなに早い別れが来るとは想像もしていなかった。

トトの目尻からはとめどなく涙が流れ続ける。

それでも、二人の最期をしっかりと伝えた。


「そうか、あの二人らしいな」


シグルドは微かに笑った。

目を閉じて「あの国の人間は、みな笑顔で逝くのだな」と。

トトにはその言葉の意味が分からなかった。


あの国というものが、この世界に存在するどの国を指しているのか、想像が出来なかったから。


それでも、伯父の苦しそうな微笑みに何も聞くことはできなかった



「……伯父さんは、長生きしてくださいね」



自然とトトの口から溢れた気持ちだった。

命が永遠のものではないと、両親の消滅を見て思い知った。

だからこそ、目の前の伯父には伝えたかった。


しばらくの沈黙の後、シグルドがトトを抱く腕に力を込めたことを感じた。


「ラファエルの消滅は例外だが、俺もエカテリーナも魔族だからな。……大丈夫、お前たちを全員看取れる程度には長生きだ」



(僕たちを看取る)


その言葉の重さ。


両親の消滅を見届けた自分にとって、それがどれほど辛いものかは理解していた。

それを、この先全員分。


想像しただけで、寂しさと恐怖が湧き上がる。


トトは、目の前の伯父がどんな気持ちでその言葉を言ってくれたのかと思うと、嬉しくもあり、頼もしさもある。しかし、それ以上の寂しさと、申し訳なさで胸が締め付けられるほどに苦しかった。


「……まだ、100年くらいは伯父さんの甥です。父の分まで恩返しさせてくださいね」


トトは涙を拭きながら、シグルドに向けて笑った。

突然の別れでも、後悔せずにいられるように。


「……両親には、何も出来なかったから」


「そんな事はないだろう」


迷いのない声だった。

思わずトトは首を傾げた。


「え?」


シグルドはトトの頭を撫でながら言う。

もう、大人になった自分を、まるで子どものように優しく撫でる。


「ラファエルは言っていた。手紙でも、酒の席でも。お前もだが、教会の子どもら全てが、自慢の子どもなのだと。そう思える存在でいたのだから、充分すぎるほど恩は返している」



むしろ、あいつらが返さないと足らないくらいだーーそう言って、シグルドは笑った。


トトはようやく涙を止める事ができた。

シグルドから身体を離すと、その右胸のあたりが自分の涙で悲惨なことになっている。

シグルドはそれを気にすることなく、トトの目元にまた魔法を使う。


穏やかで、涼やかな魔法。

泣きすぎて腫れたように感じていた目が、何もなかったかのように元通りになっていた。


そして。


「さて……お前たち、我慢させたな」


果樹の間に声をかけた。

誰も居なかったはずの場所から、二人の兄と、二人の姉が現れた。

四人とも目元が赤い。


シグルドのかけた声で、彼らもまた涙を流し始めた。


「俺たち、何も知らなかった……茜も魔族だと思っていたから」

次兄であるローレンツが拳を握りしめて言う。


トトも、見た目が変わらない母を長命な魔族だと思ったいた。


「僕は、茜が人間だというのは知っていた。でも、小さかった僕たちに何度もかけてくれた回復魔法が、茜の命を消耗させているなんて知らなかった……」

長兄アシュレイは肩を振るわせる。

常に穏やかで冷静な兄の目から、涙の粒が溢れている。



「私だって何も言えてない! 育ててくれてありがとうすら、まだ言えてないのに。私たちを家族にしてくれた時、茜はまだたったの17歳だったって、クロードさんに教わったばかりだったのに」


「ノワールも、私ぼんやりしてるからいつも茜に心配かけて……ラファエルさんにだって、色々教えてもらったのに」


双子の姉たちは、互いを抱き合ってわんわんと声を上げて泣いていた。



そんなみんなを、シグルドさんの魔力が包み、腕の中へ引き寄せた。


「……抱えきれないほど、大きくなったな」


シグルドの両腕を広げても、五人を抱きしめる事はできない。

それでも彼は精一杯包み込もうとしてくれた。


父によく似た伯父の存在に救われた気がした。



シグルドは、全員の涙と後悔の言葉が落ち着くまで、その場に残ってくれた。

そして、教会へ見送ったあとトトたちに向けて言った。


「……来れなかった妹に、二人の最期を伝えてくれ。あいつはああ見えて弱いからな」


ローレンツは女王専属の護衛騎士という立場からか、シグルドの言葉に誰よりも早く頷いた。

そして、そのままトトの肩に触れる。


「女王様に伝えるのはーートト、お前が行け」


「え、でも……」


ローレンツの言葉に、兄や姉を差し置いて自分が行ってもいいものか、そうトトは顔を曇らせた。


「父さんはずっと前からこの場所をお前に託していた。だから、後継者として報告するのはお前が相応しい」


普段誰よりも明るい次兄の、真っ直ぐな言葉。


他の兄姉たちも、自分を見て頷いている。



「決まったな、ならば、明日城で待つーーではな」


シグルドはそう告げて、元来た場所へと転移していった。



しんと静まり返った暗い教会は、自分たちを育ててくれた二人がもうどこにも居ないという事を、嫌でも実感させられる。


みんなで手分けして、部屋の灯りを付けていく。


「……行ってきます、しか、言えなかった」


食堂のテーブルにある蝋燭に火をつけたピノが、床にしゃがみ込んで大声で泣き出した。


「お帰りなさいって、毎日聞けると思ってた……」


嗚咽を漏らしながら吐き出すその言葉は、この場にいる全員が思っていた事だった。


また、悲しみが広がる。

ローレンツがピノの肩を支え、優しく立たせていた。

ノワールもそれに寄り添っている。


トトは、何も声が掛けられなかった。

それでも、長兄のアシュレイは立ちすくむトトを抱きしめる。


「ありがとう、僕らの代わりに一人で見届けてくれて。おかげで最期を知る事ができた」


その言葉は、見届けたのが誰であっても掛けていただろう言葉だった。


大人になり、家を離れる事が多くなったから、必ずしも見届けられるとは限らなかった。

だからこそ『二人きりで逝かせなくてすんだ』その事実に救われたから。



その日、トトたちは一箇所に布団を集めて床に転がった。

丁寧に並べたつもりでも、伸び切っていない皺がある。


「茜、あぁ見えて丁寧に敷いてくれたんだな」

ローレンツがくしゃくしゃのシーツを気にせず仰向けに転がった。


「……それなのに、凄い寝相だったよね」

アシュレイが静かに笑う。


「私、茜と寝ながら蹴り合ってたってお父さんが教えてくれたよ」

「うん、お父さんが、ノワールは茜に抱きつかれて唸ってたからよく引き剥がしてくれたって」


トトは目を丸くする。

茜のそんな話は知らなかったから。


「母さんが? そんなに寝相が酷かったの?」


アシュレイが「あぁ……」と何かを思い出したように目を細めた。


「トトは父さんに抱えられて寝てたからね、一番安全な場所にいたから」



久しぶりに五人で眠ると、部屋が狭く感じた。

きっと、これからも色んな話が尽きないのだろう。


トトは思い出したように兄や姉に告げた。


「あ! 父さんがね、焦げたアップルパイ……実は苦かったんだって」



「はぁ!? 嘘だろ……平気な顔して食ってたのに」

「美味しいって茜に言ってたのに?」

「一口もらったけど炭みたいだったよ」

「うん、じゃりじゃりして苦かった……」


「「「「大人になったら美味しく感じるって言ってたから信じたのに!?」」」」


四人の言葉が重なった。

その事が、トトにはとても面白く、幸せだった。


思い出話は、心地よい疲労感で眠りにつくまで尽きることは無かった。



(お父さん、母さん、僕たちはきっと大丈夫です)

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