表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

123/126

第四十八話  見慣れた景色と共に

ラファエルさんに支えられたまま外に出て、林檎の樹まで辿り着くと、幹に背を預けて座り込んだ。


視線の先には雲一つない夕暮れ空が、畑全体をどこまでもオレンジ色に染めている。

ラファエルさんと、子どもたちと、繰り返し何度も見たこの光景はため息が出るくらい美しかった。



私が見惚れていると、ラファエルさんは私と樹の間に自分の身体を滑り込ませた。

そして、私の体が地面に触れないよう膝に抱き上げてくれる。


(過保護だなぁ)


私は急激に弱っていく身体をラファエルさんに預けた。

彼は私を背中から抱きしめながら、触れる箇所から途切れる事なく魔力を流していてくれる。



「ラファエルさん……もう、全部溢れてます」



自分の身体がまるで一本の筒になってしまったようで、ラファエルさんの優しい魔力はただ透過して流れていく。

慣れ親しんだ魔力を感じる事はできても、受け止める器がとうとう壊れてしまったのだ。



それでも、ラファエルさんは私の言葉を気にも止めず、魔力を流し続ける。

これから消える私の不安に寄り添うかのように。



「……トト、貴方も私の大切な息子なのに、こんな最期を見せてごめんね」


トトは、驚いた顔で私の言葉を小さく繰り返す。


「最期……?」


私は上手く説明ができなかった。

私の躊躇いを感じたのか、ラファエルさんが言葉を繋げてくれる。


「茜の回復魔法には、限界があった。俺の魔力で器を補う事はできたが、上限はすり減っていった。……能力を使い切った代償はーー消滅だ」


私は、思わずトトから目を逸らした。

子どもたちが知らなかった、私という人間の秘密。

消耗品であったことを知って、傷つくトトを見たくなかった。


「……お母さん、消滅って? もう時間はないの? まだ兄さんや姉さんたちが城から戻ってきていないのに? ネレイナやクラウスさんには何も言わないの?」


トトの声は震えている。


みんなに最期を看取られたいなんて思わない。

本当なら、ラファエルさんにだけ看取ってもらいたかった。


長命なラファエルさんなら、長い生のなかの一つの別れだといつかは受け入れてくれる気がしたから。



「トト……」


私はトトに手を伸ばした。

力が入らなくなった腕を、それでも真っ直ぐトトに向かって。

トトの目元は真っ赤になっている。

さっきまで、あんなに幸せそうに笑っていたのに。

必死で泣くまいと堪えているトトは、もう25歳の立派な男性になっていた。


変化のない私の手を、大きくなった両手で包むように優しく握ってくれる。

それでも鼻まで赤くなっているトトを見て、赤ちゃんの頃を思い出す。

……こんな時なのに、なんだかとても愛らしくて笑ってしまった。


「トト、私と出会ってくれてありがとう」


私は弱い力で引き寄せた。

突然のことに抵抗することもできたのに、トトはそのまま私の腕の中に抱き締めさせてくれる。


しっかりした狼の耳は、ぺたんと平らになってしまっていた。

私は、そんなトトの頭ごと抱え込むように抱きしめる。

その耳が少しでも元気になるよう、優しく撫でた。



「ずっと抱き締めていたいけど、ごめんね」



私は、トトの耳に最後の口づけをし、そっと身体を離した。

ラファエルさんは、私を抱き締めたまま何も言葉を発しない。



「お母さん、僕にできる事はありますか?」

トトの目も、鼻も、どんどん赤みを帯びていく。


「そうだね、慣れるまで教会は大変かもしれない。この先新しい子も来る予定になっていたから。どうか、ラファエルさんと一緒に守っていってね」



私の言葉に、後ろから回された手に力が入った。

私はそんなラファエルさんの腕に、自分の手をそっと重ねた。


「ラファエルさんにもお願いがあります」


私の声は思わず震える。

このお願いは、ラファエルさんには酷すぎる言葉かもしれない。

それでも、願いたかった。


「……言ってみろ」


ラファエルさんの声が耳元に当てられた唇から響く。


「ラファエルさんは魔族でこの先700年は生きますよね」


「……」


「見た目も良いし、元王族だし、王家との関わりは今もあるし、恋人どころか再婚相手は引くて数多ですよ」


「……」



返事が無いラファエルさんに変わり、身体に流れる彼の魔力だけを感じて、私は独り言のような言葉を続ける。


「この先、ラファエルさんにも幸せになって欲しいとは思うんです」


「……それで?」



「どうかーー私の事を覚えていてくれませんか?」


私の喉が震えた。

堪えきれず、涙が溢れた。

息を吸うたびに、身体ごと震えてしまう。


(ほんの少しだけでも覚えていて欲しい)


この能力を覚醒させられた事で、ネレイナを助けられたのだから、自分の決断に後悔はない。

それでも、ラファエルさんの隣には未練が残る。

この教会にも。

子どもたちの未来にも。


私はこの先を見届けられないから、せめて記憶の片隅に残してもらえたら。



「……それは、無理だな」


落ち着いた、拒絶。


私の胸に、大きな穴が空いたような痛みが走る。

700年覚えていて欲しいだなんて、図々しかったかもしれない。


「それなら最初の10年だけ覚えていてもらう、とか」


私が再度提案してみたが、背後から聞こえる声は短い。

ラファエルさんの腕は私の身体に食い込みそうなほど強くなる。


「すまないが、断る」


その瞬間、ラファエルさんの身体から灰色の魔力が噴水のように溢れ出た。

その全てが、私へと流れ込み、畑の土へと消えていく。


その勢いと温もりに私は思わず声を上げた。

「ラファエルさん!?」


かつてシグルドさんが言っていた。

魔族の寿命は長い。

魔力も消費したら休むか吸い取れば回復する。


でも。



「魔力枯渇は命に関わるって!!」


私は彼の腕の中で身体をよじり、ラファエルさんを見上げた。

そして、目が合った瞬間、私が言葉を続けるより早く、噛み付くように唇が塞がれた。

魔力が、唇から喉を通り、身体へと広がる。



膨大な魔力は、一滴も身体に留まらない。

その事にラファエルさんは気づいているはずなのに。



「……なんで!?」


私は息をするために少しだけずらされた唇から、彼に訊いた。


目の前で私を見つめるラファエルさんは、今までに見た事がないほどに眩しい笑顔だった。

口角を上げただけではない。

目元を僅かに緩めただけではない。


心から幸せそうな、穏やかな微笑みだった。


「共に生きると、言っただろう?」



私はまた涙が溢れた。

最期の顔は、笑顔を覚えていてもらいたかったのに。


目の前の、大好きな人が私を振り返った時、笑顔しかないようにしたかったのに。



『共に生きる』

その言葉の意味を、私よりも深くまで考えていてくれたのだと知った。


「愛してますよ、ラファエルさん。……どうか、最期まで側にいてください」


私の言葉は、多分全てに濁点がついているような声だったと思う。

みっともなく鼻をすすりながら、多分今までで1番不細工だったかもしれない。

それでもラファエルさんは溢れる魔力と最高の笑顔で私の全てを包み込んでくれた。


「当たり前だ、お前は俺の妻だからな」


「……もしかして、独占欲ですか?」


私の身体の輪郭は、とうとう薄れている。

それでも嬉しくて、ラファエルさんに尋ねた。


「ははっ、俺以上に茜を想うやつがいるのなら、まずは俺を倒してもらわないとな。……そうか、これが独占欲か。茜といると何年経っても初めての感情を学べるな」


冗談とも本気とも取れない言葉。

額がくっつく距離で、顔を見合わせて笑う。


そして、静かに私たちを見守っていてくれたトトに、ラファエルさんが向き合った。


「トト、俺はこのまま茜と逝く。突然ですまないが、遅かれ早かれ親は子どもより先に逝くものだ。お前は俺に似ているが、茜にも似て人との関わりが上手い……だからこそ、教会は安心してお前に託せる」


「……町の人からも、父さんそっくりだって言われます。だから、きっと守れます」


頼もしい笑顔だった。

トトは自分の胸の前で握り拳を作っている。

その手は小刻みに震えていて、きっと、突然の悲しみに耐えてくれている。



「お前は、俺の自慢の息子だ。残していく子どもたちにも伝えてくれ。お前たちの父親になれた事が、俺の誇りだったと」

ラファエルさんの手が、その拳を包んだ。

私も、消えかけた手をそこに重ねる。


「私の子どもになってくれてありがとう。親になる幸せを感じさせてくれてありがとう」


指の先は、もう存在しない。


「みんなに伝えて、幸せだったって。幸せにしたかったって」



私の言葉に堪えられなかったのか、トトの目からは涙が溢れた。


「僕らみんな幸せに決まってます! 自慢の母さんと父さんでした。……これからも、ずっと」



その言葉が胸に広がる。

どんな賞賛の言葉より嬉しかった。


私は空を見た。

もう、オレンジ色が消えかけて、遠くに一つの星が見える。


頭上に広がる林檎の樹には、もう小さな青い実が育ち始めていた。


その実を見て、私は重要な言葉を付け加えた。


「トト、アップルパイは焦さないでね!」


その言葉に、ラファエルさんが吹き出した。


「あれは……苦かったからな」


ラファエルさんが当時の味を思い出したのか、眉間に皺を寄せながら笑う。


「父さんはあの日、一人で平気な顔しながら食べ切ってたのに……。僕、大人って焦げたアップルパイも美味しく感じるんだと思ってました」

トトは泣きながら笑う。


ラファエルさんは私の顔をちらと見て「……実は、苦かった」と今更過ぎる本音を伝えた。

そんなラファエルさんの輪郭も、ゆっくりと消え始めている。



「無理して食べなくても良かったのに!」

私は少しだけ不貞腐れた。

でも、また二人で視線を合わせて笑う。



「大切な存在が努力して作ったものだ、残して悲しませたくはないだろう」

そう言いながら、薄れる頬に口づけてくれた。


そんな私たちを見て、トトは泣きながらも呆れた顔で笑う。

「二人とも、僕の前で惚気るのはやめてください」



三人の笑い声は畑に響いていた。

その声が、いつしかトト一人の泣き声に変わるまで。



私とラファエルさん、どちらが先に消えたのかなんてわからない。

私は、ラファエルさんの魔力と体温をずっと感じる事ができた。



(幸せだなぁ)


この気持ちが途切れる事は無かったから、きっと最期まで笑顔だったんだと思う。



きっと。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ