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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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閑話  茜の一日

夕べ、いつまでも畑で縮こまる私を、最終的にラファエルさんがそのままの形で抱えて部屋に戻してくれた。

まるで、大きな箱を抱えるみたいに大事そうに抱えてくれた。


私は膝を抱えていたのに、なぜか不思議と安定感のある運び方だったように思う。


無理に立たせようとせず、顔を見ない配慮もしてくれたんだとは思う。



だけど、流石にあの持ち方はないんじゃないだろうか。


乙女心的に、心の中の私が満場一致で「あれは無い」と判断した。



寝室に戻ると、ラファエルさんは私のお尻についた土を遠慮なくぱんぱんと手で払い、靴を脱がすとそのままの形でベッドに置いてくれた。


そして、全てが隠れるようにふわっと毛布をかけ「よく、頑張ったな。おやすみ」と優しい言葉をかけてくれる。



気遣いはとても嬉しいし優しいんだけど、それでもどこかズレてる気がする。



(……まぁ、ラファエルさんだからね)



私は毛布の中でもそもそと姿勢を変え、ラファエルさんの脇の下に突き刺さるようくっついた。


腕枕は硬いけど、このポジションはなかなか落ち着けるので大好きだ。


「茜は相変わらずそこが好きなのか……少し、変だな」


そう言いながら、腕を広げて受け入れてくれる。


「膝を抱えた人間を荷物のように運ぶラファエルさんには言われたくないです」


そして少しだけ毛布を持ち上げ、隙間からラファエルさんを見る。

目があって、小さな声で笑いあった。



少し変な二人、よく似合ってるじゃないか!

私は私を肯定することにした。




翌朝目覚めると、ちゃんと眠った時のままラファエルさんの脇の下に挟まれていた。

一応ラファエルさんに寝苦しくないのかと聞いたことがあるけれど「この方が落ち着いて眠れる」と笑っていた。


彼の腕が、私をしっかり固定している。


「行動範囲を制限した方が安眠できる」とラファエルさんは教えてくれたけど、地球ではあまり聞かない安眠方法だから、この世界ならではのものなのかもしれない。



私は眠るラファエルさんの頬にそっと口づけをして、ベッドから出た。


昨日あれほど泣いたのに、心が落ち着いている。

窓から見える林檎の木が、いつもの朝の始まりを教えてくれた。


(幸せだなぁ)


林檎の木の少し奥には、ネレイナとクラウスさんの家が見える。

カーテンは閉じているから、きっとまだ眠っているのかもしれない。

私はベッドを振り返り、綺麗な顔で眠るラファエルさんの頭をそっと撫でた。


「さて、朝食作ろっと」


私はなるべく音を立てずに階段を下りて台所へ向かった。



焼いておいた食パンを薄く切ってサンドイッチをたくさん作る。

野菜にたまごにチーズ、中身は基本的に同じ。

できたらどんどん布にくるんで、城に向かう子どもたちへのお弁当に持たせる。

水筒には温めた牛乳に茶葉を入れて作ったミルクティーを、丁寧に濾しながらいれる。

甘さは蜂蜜を少しだけ足した。


そして、次は簡単な朝食作り。

お米が大好きだから、今朝はおにぎりを作る。


昨日会った考古学者や研究員の人たちは、申し訳ないけどちょっと好きじゃない。だけど、お米や鰹節をこの世界に再現してくれた食文化を追求した学者や研究員の方々には感謝してもいい。

お味噌や醤油も当たり前に使えるこの生活に、ありがとうと声に出して言いたい。


できるなら、この先みりんにも出会いたい。

ぜひともこの先、たくさんの料理本が出土して、それを解析していってもらいたい。


そういう協力を頼まれたなら、その時は前向きに考えてあげてもいいかな。


そんなことを考えながら、たっぷりの根菜をいれた豚汁も作った。


(脚が八本あるけど、豚肉は美味しいもんね)


見た目は関係ない。

美味しければそれは大正解だもんね。

私の脳が単純でよかった。


だし巻き卵と、焼き魚、豚汁がテーブルに並ぶ頃には、皆が起き始める。


ラファエルさんが一番最初に起きて、責任をもって味見をしてくれる。

何を食べても「うまいな」としか言わないから不安になるけれど、子どもたちも「美味しい」と食べてくれる。


おにぎりの日は、子どもたちがいつもよりたくさん食べてくれる。

豚汁もお代わりをしてくれるから、作る側としては本当に満足だ。


(いつか、豚汁にこんにゃくが入れられる日が来ると良いな)


我が家の豚汁にたどり着けない理由がこんにゃくの有無。


「こんにゃくはこんにゃく芋から作ります」しか習っていない自分の知識欲のなさを悔やんだのは内緒だ。

どうやって作るんだろう、その探求心があれば、もっとこの世界で役に立てたかもしれない。



子どもたちを見送って、トトとラファエルさんも畑に行った。

私はお皿を洗いながらこんにゃくへと思いを馳せる。


「そのままでは毒がある? そんなお芋を何とかしてみたらこんにゃくになるってテレビで見たんだけどなぁ」


これ以上の想像ができないから、私の知識からは永遠にこんにゃくと出会えることはないと思う。


「未来に期待だな!」


私は気を取り直して次の家事に取り掛かった。


沢山の洗濯物を洗う。

魔石で動く洗濯機は日本にあれば絶対売れる気がする。

魔力がある人なら、何度でも魔石に魔法を補充できるし、どんな素材も気にせず洗える。


洗剤のようなものもちゃんとあるし、柔軟剤の役割も兼ねているからか、いつもふわふわになる。


それでも、干すのは人力だ。


私は籠いっぱいの洗濯物を教会の隣にある開けた場所へ干していく。

皺を伸ばし、大きくなった服のサイズに思わず笑みがこぼれる。


「みんな、大きくなったなぁ」


私の服は、いつの間にか一番小さくなってしまった。

少しだけ寂しいけれど、それ以上に誇らしかった。


ネレイナの分の洗濯物が減ってしまったけど、まだまだ子どもたちと過ごす時間はある。


最初はなぜか緊張していたみんなの下着も、全て綺麗に干し終わった。

真っ白いシーツが、皺のないよう伸ばされた服が、穏やかな風に吹かれてそよいでいる。

私はこの光景を見るたび、毎回達成感を感じていた。


そしたら、少しだけ休憩をする。


トトとラファエルさんに声をかけ、簡単な昼食を食べる。

今日は私の好きなオムライスにした。


お昼はいつの間にか三人になってしまった。

お城に行くみんなは、最初のうちはわざわざ転移魔法を使って戻ってきてくれた。

でも、一緒に過ごすうち、忙しい時間の中で私のために戻ってきてくれていたことが分かったから、私はお弁当を渡すことにした。


寂しい気持ちはあるけど、無理をして欲しいわけじゃない。


それでも、ラファエルさんとトトが一緒に食べてくれるから「美味しいね」とほほ笑むことができた。


そしてまた畑に戻る二人を見送って、ネレイナを待つ。

それまでの間に、私は畑から一輪花を摘んで、裏手にあるお墓へ向かう。


町の人に望まれた「お墓」のための土地。

一人ずつ埋葬する文化はこの世界にはなかったけれど、私がお墓の必要性を伝えてこの場所に決めた。


広い土地には、お墓がひとつ。


「おばあちゃん、今日はピンクの花にしたよ」

私のことを、娘や孫のようにかわいがってくれたのは、じゃこ婆ちゃんだった。

お墓参りの作法なんて詳しくは知らない。

でも、法事の時に訊いたお坊さんの教え。

『亡くなった人を思い出してあげてください。思い出し、偲ぶことが供養になります』

その言葉が私の中にある。


だから、私は花の咲く時期はこうして好きな花をお墓に飾り、少しだけ話しかけるのが日課だった。


「みんな、今日も元気だよ」

たった一言の大切な報告。

果樹園の方角に目をやると、ネレイナがこちらに向かってくる姿が見えた。


今からまた、一緒に夕食づくりをする。


(あと何品教えられるかな)


私と料理を作っていたお母さんも、こんな気持ちだったのかな。


「また来るね」


私はまた教会に戻った。


それから料理をするネレイナとの時間も、城から戻ってきた子どもたちを迎えて、一緒に食べる夕食の時間も私の大切な時間だった。

全部、当たり前のものじゃなくて、この世界だからこそ出会えたもの。


口いっぱいにお肉を頬張るローレンツを見て目じりが下がる。

そんな私を見て、ピノが笑った。


「茜、なんか毎日笑ってるよね」


(そういえば、昨日は泣いていたんだった)


私はそっとラファエルさんを見た。

ラファエルさんは目を細め「茜の幸せは単純だからな」と言う。


「みんなが美味しそうに食べてくれるからね、嬉しいんだよ」


「うまいよ!」

食い気味にローレンツが感想を言う。

「茜のご飯は珍しいのに落ち着くよ」

アシュレイも微笑んでくれる。


「ピノ何杯も食べれるよ」

「ノワールはお代わりはできないけど、大事に食べるよ」


そして、両頬をぱんぱんにしたトトもうんうんと頷いてくれた。


ラファエルさんは、さすが元王族なだけあって食べ方がとても綺麗だ。



「皆がいてくれるから、ちゃんと幸せなんだよ」


私はみんなの顔を見て笑った。

心からの言葉だった。


そんな私を、皆が笑う。


「それならずっと笑顔で過ごせるね!」

そう言って、子どもたちが笑った。


ラファエルさんと私の視線が交わり、互いに目を細めた。


そんな時間が幸せだった。



お風呂も終わり、子どもたちがそれぞれの寝室で静かに寝息を立てている時間。


私とラファエルさんもベッドに潜り込んだ。

先に布団に入った私に、ラファエルさんが片方の腕を上げてくれる。


また、こうして私の定位置に迎え入れられると、ようやく一日の終わりを感じた。


ラファエルさんの側面に抱き着いて、そっと匂いを嗅ぐ。


「……やはり、茜は少し変だな」


どうやらこっそり嗅いでいたことに気づかれていたらしい。


「嫌いですか?」


「いや、風呂の後なら問題ない」


呆れたような表情で笑うラファエルさんと、また顔を見合わせて笑った。


「大好きですよ、ラファエルさん」


その言葉に返事はなく、その代わりに額にそっと唇が触れた感触がした。


私は目を閉じる。


今日も幸せな一日だった。


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