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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第四十六話  文化標本⑤

私たちと同じ状態の石像。


どうして、あの瞬間に全てが失われたのか。

なぜ私たちは石像として出土するのか。

その理由はわからない。


体験したはずなのに、覚えていないから。


それでも目の前の石像には確かに見覚えがあって、それはかつてのギルドメンバーで。


ゆいなちゃんと、山田くんを復活させたいと頭を下げる学者と研究員。


確かに二人は仲が良かった。

でも、恋愛感情ではなく、互いに仲間として親しくしていた様子だった。


そんな二人の関係を何一つ考えず「繁殖」だの「種の復活」だのと話をしている。

そんな彼らが恐ろしかった。



私と、市橋さんと、横山さん。

もし、王族の道具になれなかったら、私たちも「繁殖」を強要されたのだろうか……。


思わず身体がぶるりと震えた。


当然の事ながら、市橋さんを嫌いだとは思わない。

むしろギルドマスターとして好ましい存在だった。


なんなら市橋さんはかなりモテていたし、横山さんに憧れるメンバーも多かった。

でも、繁殖せよと言われると何かが違う。

私たちはそれぞれ意思もある。

望まない相手と望まない行為なんて出来るはずもない。



私は彼らの言葉を、ただ俯いて聞いていた。



復元して、私たちはそれぞれ道具になった。

初めこそ戸惑ったけれど、多分三人とも後悔はしていない。

なんなら、今の私はとても幸せだ。


ゆいなちゃんと山田くんは、復元を望むだろうか。

学者や研究員に囲まれて、幸せを見つけることができるだろうか。


私は自分と照らし合わせて考えた。


薄い膜の中で目覚めたあの瞬間は恐怖でしかなかった。

ゲームでは無いのだと知った時に感じた不安も、三人が寄り添えたからこそギリギリ耐えられた。


私は彼らより先に復元されたとはいえ、私にゆいなちゃんと山田くんを守れるだろうか。


そんな私の思考を遮るように、広間にシグルドさんの声が響いた。


「文化標本の復元は認めない。今後いかなる状態の石像が見つかったとしても、魔力を使い生命を吹き込むことは断じて許可できない」


「文化を学ぶため、発掘のための資金援助は続けてあげる。でも、失われた文明の被害者を増やすことは許さないわ」


エカテリーナさんの言葉が、胸に響く。


これ以上、私たちのような存在は増えない。

文化標本として、研究対象として使われることはない。


私は、ゆいなちゃんと山田くんの石像に近づいた。


学者と研究員たちは、シグルドさんとエカテリーナさんの言葉に落胆している。

床に手をつき、泣いている人もいた。


「歴史的発見だというのに!」

「完璧な復元ができるかもしれないのに!!」

「成功例がそこに存在しているのに」


その嘆きを理解したくは無いが、わからないわけではない。

もし今私の目の前に恐竜の化石があって、あと一つ、何かのきっかけがあれば恐竜が現代に生まれることが出来る。

そうなったら、何としてでも復活させたくなる人はいるのかもしれない。


でも、誰も恐竜の気持ちなんて考えていない。

仲間のいない世界で突然意識を取り戻し、状況もわからないうちに隅から隅まで色々調べられる。


そんなの、幸せじゃないかもしれない。


私は二人の石像の前に立ち、許可を求めるようにエカテリーナさんを見つめた。

彼女は小さく頷いてくれた。


私はかつてのギルドメンバーにそっと触れてみる。


石像は冷たくて、硬い。

オフ会でふざけ合って肩を叩いた事もある。

あの温もりと柔らかさは感じられなかった。


それでも、完全体と言われただけあって、レイド前のはしゃいだ顔のゆいなちゃんと、盾を構えようと緊張した顔で片膝をついた山田くんの姿は、あの日のままだ。



「楽しみだったよね」



あの日、世界に配信されるはずだったランカー同士のボスレイド。

みんなでいつものように、無駄がなくて格好いい姿を配信できたら良かったのに。



それでも、もし私たちが同じ時に復元されていたら。

あの王の前で最高の戦いを見せて、滅びた地球の人間は、この文化標本たちは凄かったんだって思わせられたかも知れない。


なみちゃんが素早い攻撃で敵の注意力を逸らし、隙をついて横山さんが魔法をぶつけていく。


大きな反撃は全て山田くんが盾で防いでくれるから、市橋さんが大剣での攻撃を叩き込む。


みんなが戦いやすいよう、山田くんの後ろから私が支援魔法を続けて、少しでも怪我をしたらすぐ回復魔法を……。



「もしも、だなんて考えちゃダメだよね……」



私は、彼らに向かって笑顔で言う。

二人にしか聞こえないくらいに、小さな声で。


「おやすみなさい」


(助けられなくて、ごめんなさい)


それでも、せめてあの楽しかった瞬間のまま、穏やかに眠れますように。


そんな祈りを込めて。


+ + +



どうやって私は教会に戻ってきたのか。

正直な所あまり覚えていない。



ずっとラファエルさんが隣に居てくれた。


あの二人の石像は、研究員と学者の涙ながらの懇願によって、石像のまま私達のレプリカが置いてあった場所に飾られるらしい。


それでも「石像は、かつて生きた命だ。命には敬意を払え」とシグルドさんに厳しく言われていたのは覚えている。


そして、最後には「それで、許してもらえるだろうか」とシグルドさんは言った。



大切に、誰かの目に触れるのならば。

私たちがランカーとして大勢の人の前に立ったあの日のように、尊敬や憧れとして見られるのであれば。


(照れ屋な二人は、緊張しながらも許してくれるかも知れない)


私は彼らにお願いした。


「あなたにも大切な存在があるように、この二人もそのように扱ってください」と。




私はその夜、なかなか寝付けずにいた。

ベッドに横たわり目を閉じていたけれど、いつまで待っても睡魔に襲われることはなかった。


隣に眠るラファエルさんを起こさないよう、そっと身体を起こすと、足音を立てないよう気をつけて外へでた。



深夜の畑の空気は、吸い込むと肺まで冷たくなるような感覚がした。


さわさわと風に揺れる林檎の樹に背中を預け、座る。


そして、土に触れてみた。


林檎をここまで育ててくれた土は、優しい感触がした。

この地面をどんどん掘り進めていけば、遥か下にはたくさんの石像が眠っているかもしれない。

博物館に並んだ数多くの石像に、家族の姿は確認できなかったから。


だからこそ、これから発掘されるその中に、私の家族がいるかもしれない。



(今後いかなる状態の石像が見つかっても生命を吹き込むことはない


シグルドさんが私たち地球人のために決断し、贈ってくれた言葉。

私たちはこの先、ちゃんと一つの時代を生きた命だったと伝えられるようになるかもしれない。



(かも、しれない)



この先はわからない。

ずっと、もしも、と、不確かな予測を繰り返していた。



私は目を閉じて、今日見てきた全てを思い出す。

採掘場を確認したことで、「元の世界は確かに滅びている」ということが急に現実として押し寄せてきた。


そして、まだ見つかってない文化標本が『他にもいる』ことを、なみちゃんと山田くんの姿を見たことで考え続けてしまう。



この数年間、決して忘れていたわけじゃない。

地球の、日本への想いは常にあった。


私がこの場所で幸せを感じているからこそ、「置いてきてしまった」たくさんの大切なものを思い出してしまう……。



(こんな姿、見せられないよ)


私は膝を抱え込んだ。

身体ごと抱きしめるように、小さく。



背中には林檎の樹がある。

目を閉じると、余計な音がなく、ただ静かな風の音だけが聞こえる。



私は、ここで生きてる。

あの、掘り進められたその土の中には帰れない。



「ごめんなさい」


目から溢れた涙は、静かに頬を伝う。

嗚咽がでるような涙ではない。

ただ、そっと、止まることなく流れ続けた。



さくさくと、ゆっくりと土を踏む音が近づいて来た。

もう、顔を上げなくてもわかる。


ラファエルさんだ。


多分とても心配してくれている。

でも、今は顔を上げられないから。


私と同じように地面に座る音がする。

膝を抱える私の隣に寄り添う、ラファエルさんの優しい気配。


彼はそのまま、自分の方へと、私をぐいと引き寄せた。

私の顔を見るでもなく、慰める言葉をかけるでもない。


静かに、ただ肩を抱きしめてくれた。


もし、感情を説明しろと言われても今の気持ちは複雑で、下手に「わかるよ」なんて慰められたら、多分少し反発してしまう気がする。


(自分のことながら、面倒臭いなぁ)


だから、こうして何も言わずに、私が落ち着くまで寄り添ってくれるラファエルさんが大好きだ。


だからこそ、私はラファエルさんに伝えたかった。



「私は、ちゃんと幸せです」



私の肩を抱くラファエルさんの腕が、ほんの少しだけ強くなった気がした。


顔は上げられなかったけど、土の中の家族にも聞こえていたらいい。

この人が、私の大切な人ですーーと。

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