第四十二話 文化標本①
子どもたちの手が離れはじめ、家事を済ませてしまえば、ただのんびりと穏やかな時間が過ぎていく毎日だった。
一人で過ごすティータイムは少しだけ寂しくて、私も何かやれる事を探したい。
そんな事を考え始めていた矢先、シグルドさんから私宛に一通の手紙が届いた。
「考古学者たちから茜に繋いで欲しいと懇願された。いくつかの書物と、完全体に近い石像が出土したらしい。お前たち三人が発掘された土地から、また新たに発掘されたとのことだ。書物は解読可能かどうか、目を通して欲しいそうだ。お前の立場を考えるならば、当然拒否しても構わない。」
私たちが発掘された土地。
その一文に胸がどきりと跳ねた。
私たちはどんな風に見つけられたのか。
それを考えなかったわけではない。
それでも、同じ土地という言葉を聞いて「知りたい」という気持ちが湧き上がった。
私たちと向き合えるチャンスなのかもしれない。
それが怖くないと言えば嘘になる。
それでも、この世界の現実から目を背けたくはなかった。
私は覚悟を決めると、帰宅したラファエルさんに許可を得て、翌朝城へと向かうことを伝えてもらった。
緊張なのか、不安なのか。
それとも期待なのだろうか。
その夜、ベッドの中でなかなか眠りにつけずにいた私の背中を、ラファエルさんの温かい手が何度も撫でてくれた。
「辛ければ、断っても構わない」
そう言ってくれたけど、私はどうやって復元されたのか、どんな姿でこの世界に発掘されたのかを知りたかった。
そして、あわよくば、家族に繋がるものをもう一度だけ目にしたかった。
「心配してくれてありがとう。……でも、私の世界をもう一度見たいし、ラファエルさんにも見てもらいたいの」
(私の記憶を共有できたらいいのに)
私は隣で横になるラファエルさんの身体を抱きしめた。
身体に耳をあてる。
ラファエルさんから聞こえる規則正しい心臓の音が、私をゆっくりと落ち着かせてくれた。
そうして、ようやく目を閉じ、眠りにつくことができたのだと思う。
+ + +
私たちが城に転移すると、案内されたのは玉座の間だった。
久しぶりに立つその場所は、以前と全く異なっていた。
黒い石造りの城はそのままで、床に敷かれた絨毯も変化はない。
それでも、花が飾られ、灯りが増えていた。
それだけでこんなに華やかな空間になるとは思わなかった。
玉座も赤と金のエカテリーナさんらしいものに変えられている。
大きさもわずかに小さくなっているようで、細かな細工に目を奪われた。
冷たくて暗かった空間が、主が変わるだけでこんなにも素敵な空間になるのだと知った。
私が美術館のようなその空間をきょろきょろと眺めていると、大きな扉が開いた。
そこから入ってきたのは宰相のシグルドさんと、女王としてのエカテリーナさんだった。
その雰囲気は、教会に顔を出してくれる姿ではなく、どこか遠い人のように感じる。
「よく来たな、ラファエル、茜」
シグルドさんの声が広間に響く。
この空間にはまだ四人しかいないからなのか、位置は遠いけど表情は柔らかい。
「辛い思いをさせる結果になるかもしれない。それでも、あなた達の歴史を知るためにも、こうして協力してくれることに感謝するわ」
エカテリーナさんがシグルドさんに視線を投げた。
それを受けたシグルドさんは、私たちの背後の空間に向け、大きな魔方陣を展開した。
その一瞬の動作で、私とラファエルさんの背後には、沢山の「出土品」や「石像」。そして考古学者や研究員の姿が現れた。
召喚された人たちは私を見ると歓声を上げた。
「無事に動いている!」とか「完全体の復元のデータを取らねば」と目を輝かせて。
そんな言葉が、否応なしに「道具」だった頃を思い出させる。
私は穏やかに生きていられた時間が、どれだけ恵まれていたのかを知った。
私は彼らに目を合わせることすらできない。
かと言って、下を向きすぎたら涙が出てしまいそうでただ虚空をぼんやりと眺めていた。
研究者たちの興奮は続いている。
ギラギラとした眼差しが途切れず、未だ遠慮のない言葉は投げられていた。
「後継者選択のための道具であったなら、もう役目は終えたな」
「権利は発掘した我々にある」
「復元させた研究員の我々にも半分は主張したい」
数々の言葉が、私に刺さる。
そして、彼らは私ではなく、隣に立つラファエルさんに訊いた。
「この文化標本を返却してくださいませんか? 発掘と研究に努めた我々を考慮していただいて、まずは現在の所有者であるラファエル様に許可を得たくーー」
その言葉を言い切る前に、ラファエルさんは眉間に深い皺をよせ、私の身体をその背中に隠してくれた。
「俺の、妻だ。誰にも譲る気はない」
その言葉が冷えて震えていた私の身体と心を温めてくれた。
それなのに。
「え、繁殖機能は先王によって破壊されましたよね? 王族の子孫繁栄にはなんの役にも立ちませんが……もしや、文化標本を妾という立場にまで召し上げたのですか?」
「英雄色を好むと言う古語もありましたが、まさか、そんなーー」
「二つは壊れ、失われたから価値はあるが……」
「繁殖しないからこそ妾にしたのではないか?」
酷すぎる言葉が、私の心を抉っていく。
ラファエルさんが、小さな声で短く詠唱し、灰色の魔力を腕に込めた。
この玉座で、あの王から私を守ろうと出してくれた剣が再び召喚される。
今もまた、私のために。
そして、ラファエルさんが彼らに向かって剣を構えたその時、シグルドさんの怒りを含んだ低い声が広間に響いた。




