第四十話 林檎の育て方
九歳のトトを除き、全ての子どもたちを見送ったラファエルは、トトを連れて教会裏手の畑へとやってきた。
最初は土で遊びながら、時折雑草を抜くのが仕事だったトトも、今では立派に仕事をこなせるようになってきた。
「お父さんっ、これ食べてもいい?」
そう言って掴んでいるのは、売り物には好まれない形の崩れた野菜だった。
サラダに使えるもので、そのまま齧ってもほのかに甘味がある。
「土を落として食べろ」
言うが早いか、トトは自分の服でぐいと野菜を拭き、齧り付いた。
畑仕事の水分補給用に、茜がいつも水筒を持たせてくれる。
しかし、手を止めずにこうして野菜を齧りながら作業する方が効率もいい。
「お父さんも、これ!」
トトが同じように曲がった野菜を放り投げてくる。
ラファエルはそれを受け取り、同じように拭うとがぶりと齧り付いた。
「出来はいいな」
思わず口角をあげる。
教会の畑から採れる野菜は、町人はもちろん行き交う旅人も買い求めていく。
この町に来たばかりの頃、収穫した野菜を町人にタダで配っていたら「子どもを育てるにはある程度の金は必要だ」と言われた。
そして町人は当たり前のように金銭を払っていくようになった。
(安い値段をつけて叱られるとは思わなかったが)
ラファエルが元王族である事を知らない者はいない。
それでも、この町の者は躊躇わず叱る。
町で生きるには不器用すぎた茜と、他人と上手く関われない自分の身を案じてくれた結果だ。
ある程度収穫を終えると、いつものように果樹園の中の林檎の樹へと移動する。
道に面しているのと、その木陰が身体を休めるのに最適なのとで、いつからかそこに野菜を並べて売っている。
金額は野菜ごとに多少異なるが、柵に備え付けられた箱に入れてもらう仕様だ。
稀に出した野菜の量と箱の金額が異なる時もあるが、そこまで深刻に思うほどではなかった。
この町人はなかなかに律儀で、見張りをつけようだの、ちゃんと手売りするべきだの、我が事のように激怒していたが「それをしたのが町人でないなら問題ない」とラファエルは思った。
(町人らが信用に値する者たちであれば何の問題もないからな)
ここまで来て野菜を盗るしかない物も、まだ少なからずいるのだろう。
箱にかけた魔法を解除し、入っている硬貨を取り出す。
そしてまた同じように魔法をかけた。
いずれこの方法をトトに教えていかねばならない。
ラファエルは教える方法を考えた。
ネレイナの魔力はささやかだが、トトは僅かに多い。
だからこそ、箱を守る魔法くらいなら覚える事ができるはずだ。
隣で見栄えよく野菜を並べるトトに「戻ったら勉強だな」と声をかけると、笑顔で頷いた。
ネレイナは幼い頃、身体を鍛える事は好んだが、勉強から逃げる方が多かった。
弟であるトトは、どちらかというと逆で学ぶことを好んでいる。
鍛える事も手を抜くわけではないが、知恵を欲しているようだった。
「まずは箱の施錠と解錠、そして箱を動かしたら音が鳴る程度の保護魔法か……」
そう呟くと、トトは勢いよく顔を上げ振り向いた。
「この鍵を任せてくれるの?」
この売上は教会を支えている。
国からの補助で暮らしてはいけるが、それでもこの売上があればそれぞれの道を支える事ができる。
そして何より、町の誰かに何かがあった時、支え合うこともできるのだ。
「当然だろう? お前が一番この町と、教会と、この畑を愛しているからな」
その言葉に、トトは少しだけ肩をすくめた。
耳と尻尾は元気を無くして下り気味になっている。
「……でも僕、皆みたいに騎士になりたいとかお城で働きたい、みたいな大きな目標はないのに?」
ラファエルは思わず苦笑した。
自分の生まれのせいで、この教会は城と関わりが近い。
上に立つ者との距離が近すぎる。
だからこそ、目指す目標が高くなってしまうのではないか、と。
「城で働くことが全てではない。ここを守るのも十分立派な目標だ」
ラファエルはトトの頭を撫でた。
するとまたゆっくりと耳は起き上がり、尻尾は勢いよく振れた。
「なら教えて、お父さん! 僕の目標はお父さんみたいになることだから」
「いい目標だね、トト」
気づけば茜が昼食を届けに来ていた。
トトの宣言をしっかり受け止めたらしい。
茜もトトを撫でながら、顔を綻ばせている。
「ラファエルさんが目標だなんて素敵だね。しっかり目指してね」
そして、茜は林檎の樹に背を預けて座った。
トトもまた、その膝に甘えるように座る。
「おっきくなったね! これからどんどん素敵になっていくんだね」
「素敵ってどんな? ラファエルさんや伯父さんみたいな?」
「んー、トトはトトのまま、色んな経験を積み重ねていくでしょう? そしたら素敵な大人のトトになるよ」
茜は、子どもたちを比較しない。
素直すぎる性格のせいか、ありのままを受け止めている。
その姿がラファエルには好ましかった。
「せっかくだから、ここで三人で昼食でもとるか」
その提案が嬉しかったのか、トトはにこにこと微笑む。
「初めてかもしれない、お父さんと茜を独り占めするの」
そう言って耳をぴこぴこと動かす。
その言葉に、茜は破顔した。
「いくらでも独り占めしていいよ!」
そう言いながら、思い切り抱きしめている。
「口から何かでちゃうー」
トトはそう言って笑う。
ラファエルはその光景を眺めた。
穏やかな時間だった。
知らず、口元は緩んだままだった。




