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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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第三十八話  後継者③

生まれて初めて同じ色の魔力を持つ相手に出会えたことが嬉しかったアシュレイは、しばらくその手を離せなかった。

クロードもまた、アシュレイが満足するまで繋がっていてくれた。


「生きづらいぞ、この世界は」


クロードの言葉に、心に棘が刺さったような痛みが走る。


クロードと自分は生まれで差別される種族でしかない。

特に純粋なエルフはプライドが高く、他種族と交わったハーフエルフも、異なる魔力を持ったダークエルフも受け入れることはないだろう。


「……戦争で既に国は無く、母が亡くなりエルフからは混血を拒絶され、父方の魔族からは捨てられました。それでも、この国に来てよい家族に出会えましたから」


アシュレイは笑顔を向け、一度だけ繋いだ手に力を込め、離した。


(貴方も、同じでしょう?)


その視線を受け、クロードは僅かに口角を上げた。


「……シグルドは、長男だけあって案外世話好きだからな」


名前を出されたシグルドは、目を閉じて頷いた。

どこか嬉しそうな貌にも見えた。


「さて、隠居生活を楽しんでいたらすまないが、お前が必要だから呼び戻させてもらった」


「お前から珍しく丁寧すぎる長い文が届いたからな。断るはずもない」


クロードとシグルドは顔を見合わせ笑いあう。

それだけで、シグルドにとって、この人がどれほど大切な存在なのかが分かった。


「宰相として戻れと命じられたら戻ることはなかっただろうな。……で、アシュレイを鍛えればいいのか?」


クロードはアシュレイを見つめた。


「いや、アシュレイは俺の後継者だ。俺が育てる覚悟はある。お前に頼みたいのはこの二人だ」


シグルドはピノとノワールに手招きした。

二人はおずおずとシグルドの前に歩み出る。


「名前を」


背中をそっと支え、二人を促した。


最初に動いたのはピノだった。

「ピノです。13歳で、種族は猫獣人です」

「……ノワールです。双子だから年も種族も同じです」


ノワールの声は緊張で震えている。

アシュレイは二人の頭をそっと撫でた。


「上手にご挨拶できたね。大丈夫、クロードさんは怖くない。僕の勘が警戒しないから」


アシュレイの言葉に、クロードは「ふ」と笑った。


「まぁ、怖がられる自覚はあるな」


「クロードは種族として感情が平坦で冷たく思われがちではあるな」


「お前も初めて会ったときは固まっていたな」


「無表情で見下ろされたら緊張もするだろう」


そのやり取りを見て、ノワールの耳がゆっくり起き上がった。


「伯父さんも私と同じだったんだね。クロードさん、見上げるくらい大きいからちょっとだけ怖かったの」

ノワールは改めてクロードと向き合い「怖がってごめんなさい」と頭を下げた。

クロードはその謝罪を受け、耳の間をそっと撫でる。


ぐるぐるぐるぐる。


皆の前でノワールの喉が鳴る。

その音を聞いて「ピノも撫でてっ!」と甘える。

クロードは静かにピノの頭も撫でた。


ぐるぐるぐるぐる……。


二人の喉の音が重なった。

二人は目を細めて幸せそうな顔をしている。


撫でながら、クロードはシグルドに尋ねた。

「この二人に、どこまで教えたらいい? 知恵だけかーーそれとも」


「この二人は成人後、俺の『影』になりたいらしい。だからこそ、生きられるよう必要なものを全て鍛えて欲しい」


「表向きはどう育てる?」


「ピノは武官、ノワールは文官に適性がある。表の顔はそのように」


クロードはピノとノワールに触れた。

腕の筋肉のつき方を確認している様子だった。


「猫獣人ならば、影への適性は問題ないだろう」



そして、二人に短く告げた。


「影と言っても、まずは普段のお前たちが城に務められるよう文官と武官を目指す必要がある。まずは必要な知恵からか」



クロードはシグルドに「あれは残っているか?」と訊く。そしてまたシグルドも当然のようにクロードに使われ、部屋を出て箱を持ってきた。



大人の腕で抱える程の箱。

蓋を開けると、丁寧に油紙と布で包まれたものが入っている。

そっと開くと、多くの本や紙の束が入っている。


その一つひとつを手に取り、クロードは確認する。


「この状態なら、不足を補えば十分使えるな」


二人の目の前に、全てを並べて置いた。


「まずはあと二年でこれを全て学ぶ。これだけ頭に入れば官吏にはなれるからな。全てはそこからだ」


ピノとノワールはその量を見て口をぽかんと開けている。

アシュレイは本の一冊を手に取り、ペラペラと捲ってみた。


「几帳面な字は昔からだったんですね、父上」


書き込まれた文字の一つをそっと指先で触れた。


「それを使っていたのは六歳の頃だが」


幼い頃のシグルドが、六歳でこれほどの知識を得ねばならない状態だったと、平然とした顔で言う。

その姿にアシュレイは心が苦しかった。


(子どもらしくいられた時間など、この人には無かったのかもしれない)


それならば。


「……多少のお酒は見逃すことにしますね」


「そうしてくれ、ようやく見つけた娯楽の一つだからな」



アシュレイとシグルドはお互いを見て笑い合った。



「シグルド、執務室の隣は空いているか?」


「古い書籍の倉庫になっているな」


「まずはそこを片付けるか。行くぞ、ピノ、ノワール」


「はいっ」

二人の返事が重なる。


「時間は有限だ、明日から勉強を始めるぞ。俺の弟子になったからには、覚悟をしておけ」



「……はいぃぃっ!」


覚悟と言う言葉に怯んだのか、二人は弱弱しく返事をしながらも、クロードから視線を逸らさなかった。


新たな弟子を前に、口角を上げるクロードの目は笑っていない。

獲物を見つけた猛禽類のような目をしている。


「……ほどほどにな」



シグルドの声は、部屋を出ていく三人に伝わったのだろうか。


アシュレイは開いたままの扉を見つめ続けた。


(せめて、みんなが寿命が尽きるその日まで、穏やかに生きられますように)

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