第三十七話 後継者②
「早く行こう!」
「アシュレイ、まだ支度終わらないの!?」
朝からアシュレイに纏わりついて焦らせているのはピノとノワールだった。
昨夜城から帰宅したアシュレイが、シグルドからの伝言を二人に伝えた結果、まさか自分が焦らされることになるとは思ってもみなかった。
「二人とも落ち着いて。ノワールは髪の毛にブラシかけた? 後ろ髪ふわふわしてるよ?」
言いながら、アシュレイはノワールの髪を丁寧にブラッシングする。
「ふふんっ、ピノは完璧だもんね!」
そう言って、見せつけるようにくるりと回転してみせる。
「背中のボタンがズレてるよ……。少しは落ち着いて? お城は逃げたりしないから」
そうこうしていると、茜がピノのボタンをサッと直してくれた。
「アシュレイ、付いて行かなくて大丈夫?」
過保護気味の茜に向けて、アシュレイは安心させるように笑った。
「大丈夫、あっちに行けば父上がいるから」
「シグルドさんの前では二人もわりと大人しいもんね」
「うん、だから安心して! それじゃあ行ってきます!」
アシュレイはピノとノワールを連れて、畑へと向かった。
三人同時に転移できる、大きな魔法陣を描くために。
アシュレイは指先で描きながら、いつもより胸が躍る気分だった。
(銀色の魔力の主に会える)
隣ではしゃぐ二人よりも、多分もっと楽しみにしていたのは秘密にしておこうと思った。
「さぁ、行くよ!」
三人で手を繋ぎ、描かれた魔法陣に飛び込んだ。
+ + +
飛び込んだ先はいつもの見慣れた風景だった。
ピノとノワールはこちらに呼ばれるのが初めてだからか、少し耳が伏せている。
でも尻尾はぴんと上を向いているから、緊張よりも好奇心が強いらしい。
「大丈夫だよ、ここは父上……シグルドさんの塔だから」
その言葉に二人はホッと肩の力を抜いたようだった。
でもまさか、目の前の扉をノックする前に開けてしまうとは思いもよらなかった。
「伯父さーーん! ピノ来たよっ!」
「伯父さんっ、ノワールだよー」
二人して、部屋の中央に居た人物に抱きついていた。
ただ、その人の髪が黒ではなく白銀だったと言う事に、抱きついてから気づいたようだ。
二人とも、尻尾を膨らませたまま固まっている。
アシュレイも思わず固まった。
養父よりも背が高く、自分の耳と同じ特徴を持つその相手が、エルフの中でも忌避されるダークエルフという種族だったことに。
(まぁ、ハーフエルフの僕ほどに嫌われてはいないと思うけど)
突然二人に抱きつかれてしまったその人は、ピノとノワール同様に緊張した顔で固まっていた。
こういう状況になると、何故だか自分以上に他の誰かが焦っていればいるほど、不思議と冷静さを取り戻せる気がする。
アシュレイは気を取り直し、その人に頭を下げた。
「初めまして、私はシグルドの養子でアシュレイと申します。僕の妹たちがよく確かめもせず失礼な行動をしてしまい大変申し訳ありません」
そして、固まる二人をそっと引き離した。
離れたことで多少落ち着きを取り戻したのか、固まっていた相手が口を開いた。
「……気にするな、ここは私的な場所だから、まさか本人以外が居るとは思わなかったのだろう」
ーー声が低い。
身長からして女性では無いと思っていたが、容姿は中性的で美しく、僅かに判断に迷った。
「ごめんなさい……」
「すみません……」
ピノとノワールは、その人に丁寧に頭を下げた。
耳も尻尾もすっかり元気を無くし、心から反省している様子だ。
「気にするな、おかげで珍しく驚かせてもらった」
その人は、目元をそっと緩めた。
アシュレイ自身も半分とはいえエルフの血があり、種族として感情が平坦になりがちな事を理解している。
だからこそ、その人の「驚き」が決して嫌なものではなかった事が伝わる。
「あの、お名前ーー」
そう尋ねようとした時、ふわりと空間が揺れ、執務室にシグルドが転移してきた。
そして、この状況を見て焦る事なく椅子に座る。
「俺が居ない間に顔合わせは済んだのか? クロード」
クロード、と言う名前に覚えがあった。
養子になってから、シグルドからこの国の歴史について学んだ。
その中で、現在の女王の前、二代の王に仕えた宰相の名前が「クロード」だった気がする。
アシュレイは養父の向かい側に立つダークエルフを見つめた。
長命種は、ある程度の年齢に至ると容姿の成長が止まる。
年齢がわからないのは長命の種に共通するが、それでも目の前のクロードは養父と同じくらいにしか見えない。
(この人が、もう二千年近くを生きている……)
途方もない時間だと思った。
アシュレイは、自分の服をこっそり摘んで立っている二人に視線を向けた。
獣人の寿命は長くて120年。
片親がエルフでありながら、短命種と混ざってしまったハーフエルフの平均寿命は、魔族に近い千年ほどだろうか。
長い寿命の中で繰り返される出会いと別れに、クロードは狂うことなく落ち着いている。
アシュレイが経験した別れは、まだ片手で数えるほどだった。
だからこそ、今の幸せが不安でもある。
「クロードだ。お前がアシュレイか。あのシグルドが養子をとるとは思いもしなかった……長く生きてみるものだな」
クロードはシグルドを見て興味深そうに口角を上げた。
シグルドもまた視線を合わせて、目尻を下げる。
「良い出会いがあれば変化もする。早々に良い後継者に出会えたからな」
(良い後継者)
その言葉に、アシュレイの胸は熱くなった。
自慢の養父に認めてもらえることが、心の底から嬉しかった。
クロードはアシュレイに向に直ると、身長差を気にしてか膝をついた。
そしてそっと手を取り、触れる指先からそっと魔力を流してきた。
違和感の無い、落ちついた魔力。
繋がる場所からお互いの銀色の魔力が身体に広がっていく。
「綺麗……」
つぶやいたピノはこの光景に目を奪われている。
ノワールは口を閉じるのを忘れて、無言のままその光を見つめていた。
アシュレイは混ざり合うその魔力に驚いて顔をあげ、クロードとシグルドを交互に見つめた。
シグルドは珍しく驚いた様子のアシュレイに、満足気に頷いて答えた。
「会わせてやると、約束したからな」




