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回復しかできない私は、 魔王継承権三位を選んで穏やかに生きたい  作者: 谷口 由紀
第二章  教会編

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閑話  伯父と伯母、義兄と義姉

私とネレイナがのんびり女子トークに花を咲かせていたら、寝室の空気がぶおんと揺れた。


「茜、何かくるよ」

ネレイナが部屋の中央に顔を向けた。


耳鳴りのような感覚がしたかと思うと、何もなかった空間に突如として魔法陣が出現する。

綺麗な円の中は幾何学模様のような難しい図が描かれていた。

そして、鮮烈な真紅の光を放つのに全く目は痛くない優しい光。


こんな華美な魔法を使い、遠慮なく寝室へと飛び込んでくる相手は一人しか思い浮かばない。


一瞬の強い閃光のあと、現れたのは案の定エカテリーナさんだ。

それと、意外にもその後ろにはもう一人の姿があった。



「シグルドさんはちゃんと玄関から入ってくれるイメージでした」



あまりの唐突さに、王族へのマナーや挨拶の前にうっかり本音を溢してしまった。


そう言うと、国の宰相だというのに「礼節に欠いた結果となって申し訳ない」と頭を下げてくれた。

そんなシグルドさんとは対照的に、エカテリーナさんは全く気にしていない様子で「狭いわね」と言いながら寝室を興味深そうに眺めている。


ネレイナは嬉しかったのか「伯父さんひさしぶり!」と言いながら抱き着いて甘えていた。

初めて会ったときはその勢いに戸惑っていたシグルドさんも、今では当然の挨拶のように抱擁を受け入れているから不思議だ。


私は自分がベッドに横になっていることを思い出し、急いで身体を起こそうとした。

しかし、エカテリーナさんにそのまま肩を押され、仰向けに戻されてしまう。


「休んでいなさい、ラファエルから訊いているから」


(何を!? どこまで?)


昨夜と今朝の出来事なのに、想像以上の伝達力の素早さに私の頭は真っ白になった。

扇子を取り出しぱたぱたと優雅に扇ぐエカテリーナさんは、この状況を可笑しそうに微笑んでいる。


「エカテリーナ、要件を伝えねば。時間に余裕はないからな」


訊くと執務の間の僅かな時間にお祝いに来てくれたらしい。


「茜、これからはお前の義兄でもある。何かあったら頼るといい」


そして可愛い小瓶を差し出してくれた。

中には水色の液体が揺れている。

蓋を開けると、漢方薬のような独特の香りがした。


「シグルドさん、これは……」


尋ねると、平然と「行為の後に飲むと良い。疲労が回復する」と教えてくれた。


(……つまり栄養剤。これはただの栄養剤なんだ)


あの真面目過ぎるシグルドさんの口から「行為」なんて言葉がしれっと出たのは気のせいだと思うことにした。

「未経験の者同士では、行為に余裕などあるはずもないからな」


容赦ない言葉が追い打ちをかけてくる。

私の頬はどんどん赤くなる。

この気まずさは、まるで保健体育の第二次性徴の授業並みだ。


「……大切に飲ませてもらいますね、ありがとうございマス」

どうにかお礼を述べることができたが、正直最後は棒読みだった。



そうこうしていると、賑やかな足音が教会に響いた。

窓から見える陽の高さが、ちょうど正午ごろなのだと教えてくれる。

昼食に戻ってきた子供たちが、部屋で休む私の顔を見に来てくれたようだ。


勢いよく扉が開き、飛び込んできたのはローレンツだった。


「あ……」

「あら」


ローレンツはエカテリーナさんと視線を合わせたまま、なぜだか耳を赤くして固まっている。

エカテリーナさんはそんなローレンツを「可愛いわね」と目を細めている。


ローレンツの脇をすり抜けながらやってきたのは、最近駆け足が早くなったトトと、それを鍛えてくれるピノとノワールだった。

シグルドさんを見つけると、みんな私そっちのけで嬉しそうに甘えている。


アシュレイはこの状況を驚くことなく受け入れていたから、理由を聞いてみた。

どうやら城から女王と宰相の気配が消えたことで、可能性の一つとして考えていたらしい。

アシュレイはネレイナと同じくもう成人済で、食事と睡眠以外の時間はお城で宰相補佐をしている。

こっそりここに転移してきた二人と違って、昼までにやるべきお仕事を終わらせてくるあたり、真面目ないい子に育ったなぁと感動する。



「兄上、姉上も、来たか」


ラファエルさんが部屋に顔を出し、皆が揃っていることを当然のように受け入れて会話を始める。


「貴方の結婚式なのに、来れなくて悪かったわね。城を抜け出そうとしたんだけどそこのお兄様に咎められてね」

「当然だ。俺でさえ忙しくて参列できないのに王が城を勝手に離れるな」


お祝いしてくれる気持ちはとても嬉しいんだけど、式に女王と宰相が飛び入り参加してたら、町の人は大混乱してしまいそうな気がする。

みんな私と同じ平民だから、礼儀とかマナーが分からず固まってしまいそう。


ーー想像して、でも少しだけ楽しそうで、くすりと笑ってしまった。


「久しぶりにお二人の顔が見られて嬉しいです。わざわざありがとうございます」

私の言葉に、エカテリーナさんは「当然でしょ」と艶やかに微笑んだ。


「この私の義妹になったのだから、祝うのは当然じゃなくて?」


そう言って頭をぽんぽんと撫でてくれた。

その撫で方は、ラファエルさんやシグルドさんとよく似ている。


「ふふっ、ありがとうございますーーお、お姉ちゃん? お姉さま?」


「ここでなら呼びやすい方でいいわ」とエカテリーナさんは柔らかく笑った。


「そろそろだ、戻るぞ、エカテリーナ」


シグルドさんの言葉を合図に、また空気が揺れる。

魔法陣が発動する前に、エカテリーナさんは「あ」と短く言い、扇子をひらりと動かした。

動かした先に、いくつかの箱が現れた。


「みんなへのお土産と、結婚のお祝いよ。ーーちゃんと使いなさいね」

「俺が選んだものはその紫の箱だ。エカテリーナの勧めで熟考を重ねたつもりだ。良ければ使え、ではな」


部屋につむじ風でも通ったような風を感じたのに、カーテンは全く揺れていなかった。

嵐のようなお祝いだったけど、とても嬉しいものをもらった気がする。


(お兄さんとお姉さん、か)


私は一人っ子だったから、その響きに憧れていた。

嬉しくて思わず頬が緩む。



「うわー、向こう側が見える!」

ネレイナの感動したような声が響く。


私は声の方角へと顔を向けた。



お祝いと、お土産。



衝撃的なものを見せられてしまった。

ネレイナが楽しそうに透かして見ている布は、私が奥様方からいただいたものより、遥かに布の面積が少ない。


艶のある高そうな紐と、ささやかな布。

限られた面積の中に、凝った刺繍とレースで華やかさが演出されている……。



紐も、布も一目見て上質だと分かるのに。



私は思わず周りへと視線を向けた。


ローレンツの耳は真っ赤で、尻尾まで硬直したように固まっているが、その鼻からは赤い線が垂れている。

アシュレイは最年少のトトのために、その目を手で覆いながら、上を向いて固まってしまった。


ピノとノワールは、ネレイナと一緒にどうやって身に着けるものなのか試行錯誤しているようだ。


ラファエルさんは「これはエカテリーナの趣味だろうな」と分析している。


「使うのか?」


とラファエルさんが真顔で訊く。


昨夜のものでも恥ずかしいのに、背中からお尻にかけてほぼ布がない服をどう着ろというんだろう。

ネレイナ達が着たとしても、多分尻尾が布の上に来てしまう……。

前は……例えるなら菱形。

こういうのをどこかで見た事がある。


私は過去の記憶を総動員した。


(お爺ちゃんの部屋にあった金太郎さん人形みたいな、前掛けに近い布面積だ。それでもお尻の下半分に少しだけ布が足されてるから露出は人形より少ない……でも)



「絶対着ません!」

そう宣言した。


結局その布は、ネレイナが嬉しそうに持ち帰ることとなった。

「背中布なくて楽そうだし、尻尾出るのがいいよね!」

前向きで何よりだ。



気を取り直してみんなが別のお土産を開けていた。

服や靴、本や玩具などが入っていて、みんな嬉しそうだった。


ラファエルさんは、シグルドさんが選んでくれたという紫の箱を開けたまま、目を閉じ沈黙していた。


「どうしたんですか?」


そう声をかけたけど「また夜に見せる」とだけ言って、子どもたちに気付かれないよう箱を高い棚の上に置いてしまう。


そして夜、その箱の中身がエカテリーナさんの方向性とは異なる「透ける服」だと教えてもらった。

肝心な部分はしっかりと隠せて、程よく肌が出る。

そして驚くほど着心地がいい。

黒地の布に銀の刺繍が素敵で、上品さもある。


ただ、面積は心もとない。


そんな私を見たラファエルさんは「兄上と趣味は合う気がする」といらない情報を教えてくれた。


なんだか嬉しそうなその顔に「回復薬もあるしね」と覚悟を決めたのだった。


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